第38話 友梨奈
「大変申し訳ありませんでした」
亘は椅子から立ち上がり今村に向かって頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらないでください」
今村も焦って姿勢が低くなっている。
「あ、ちょっとお待ちくださいね」
そう言って奥に引っ込むと、その胸にイヌ型のペットロボットを抱えて戻ってきた。
「ほら見てください。この子がゆりあです。可愛いでしょう」
ゆりあは亘を見て尻尾を振った。ワンワンと甲高く吠える。
今村はそのツルツルした頭を愛おしそうに撫ぜると、目で亘に座るように促した。その向かいに、今村も腰を下ろす。
「懐かしい、ロボペットですね」
「えぇ。足のパーツが壊れてしまって、今は歩けないんですが元気ですよ。ロボットに元気というのも可笑しいですが」
「修理に出せば良いのでは?」
「生産していた工場はもう吸収合併されて今はもうないんですよ。パーツも古いとかで、もう直せないらしいんです」
「そ、そうとは知らず」
「いえいえ! きになさらないでください。本当に」
また気まずくなって頭を下げる。今日はどうも余計な一言を口に出してしまう日のようだ。
リアルトークのデータから摘出した”ゆりあ”の情報は、登録名で拾い上げただけだった。亘は自分がSNSが不得意だからと確認を怠ってしまった事を反省する。
(無限を出る前にちゃんと確認すりゃあ、間違いなのはすぐにわかったってのに)
リアルトークのアカウントを作成したのは今村自身だった。ゆりあの名前で、ロボペットと一緒に撮った風景を乗せて、同じく未だにロボペットを愛用している人達との交流を楽しんでいたらしい。
それだけならば間違いを詫びてすぐに帰ることも出来たが、亘はよりにもよって娘の事まで尋ねてしまった。
「とんだ無神経なことを」
まさか亡くなっているとは。
「いやぁ、娘の事を話すなんて久しぶりで楽しいですよ。ここはあんまり人が来ないので……どうでしょう? 少しお話ししませんか」
「えぇ。ぜひ」
外は木枯らしが吹いている。ガタガタと揺れる窓を眺めた。
「緑が多くていい場所ですね。お店の中も外もしゃれてる」
ゆりあがワンワン! と吠えた。
「ありがとうございます。ゆりあもお礼を言ってます」
「ははは。礼儀正しい犬ですね」
今村は優しい眼差しで娘について話し出した。
「ゆりあの名前は、娘がつけたんです。本当は妹ができた時につけたかった名前だと言っていました」
「うちの娘も、小さい頃は兄弟が欲しいとよく騒いでいました。俺が仕事にかまけていたせいで離婚されてしまい、妻はその後再婚もしなかったので娘の願いは叶わぬままでしたが」
「ウチは妻が数年前に病気で亡くなっているんですが、仲は良かったですよ」
「失礼ですが、友梨奈さんは事故か何かで?」
「いえ……殺されたんです」
箸が止まる。鋭い目線で今村を観察する。
「殺された」
「はい。28歳でした」
「犯人は捕まったんでしょうか」
「捕まりました……種田という男です。娘にしつこく交際を迫っていました。娘はその時婚約者がおりましたので、当然断っていました。その逆恨みだそうです」
「殺された時の状況をお伺いして良いでしょうか?」
亘の刑事の勘が、この話は重要なキーになると告げている。
「ヒューマログはまだ実験段階で、装着を義務付けられてはいませんでした。犯行は夜だったそうです。首を折られていました。私と妻は、ちょうど旅行にいっていて留守だったんです。娘が殺されているというのに、温泉に入ってフカフカの布団でぐっすりと眠っていたんですよ」
当時のやり切れなさを思い出したのか、今村の顔に初めて苦悩が浮かんだ。
今村の気持ちを思うとやりきれない。亘とて、父親である。
そして思う。
40年前の友梨奈の事件とと今起きているあの事件は、似ている。
「それでは、種田が犯人だと言うのはどうやってわかったのでしょう?」
「種田は友梨奈を殺した3日後、自首しました。殺害時に持ち去ったというネックレスを持っていて、自供内容にも矛盾はなかったという事です」
今村は自分の感情を身体の中に無理やり押し込めるように、ゆっくりと深呼吸をした。
「あと1ヵ月後に結婚式でした。今までお世話になったからと、たまには夫婦で旅行でもしてきなよと。友梨奈がチケットを取ってくれて……まさか、あれが最後になるとは」
ゆりなとゆりあ。40年以上前の事件と、2ヵ月前に起こった事件。
寝ている時に首を絞められ殺された。一方は犯人が捕まり、一方は未解決。そして持ち去られた被害者のアクセサリー……
亘は一旦トイレに立つと、今村の姿が見えないところで宮田にメッセージを送る。
”宮田。今すぐ今村友梨奈の事件について調べろ。犯人の種田の情報も欲しい”
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