第35話 詩季

 犯人がアンドロイドなのではないかと宮田に言ったのは、亘だった。


「それはないです。アンドロイドは人を傷つけるようには作れません」


 アンドロイドの製造がまだ為されていた時代、人に危害を加えるのではないかという不安は常にまとわりついてた。人と変わりない容姿で知能が人より高く、更に人より力が強いとなれば、それはナイフや鈍器よりも恐ろしい。

 色々と試行錯誤がなされ、アンドロイドは製造過程で倫理感や道徳観のデータを必ず埋め込まなければならない、という法案が可決した。

 そのデータが入っていないものは製造されても出荷される事はない。


「アンドロイドを自分で作る事はできねぇのか?」


「無理です。技術者がいても専用の機械がありません」


「でもよぉ、シエルが作られたって事は、人を殺すアンドロイドが表向きにも製造されていた時代があったって事だろ?」


 その言葉で、宮田は自分が常識に囚われていたことに気づいた。そうだ、シエルがいるならば、そういう意図を持って作られたアンドロイドが他にあってもおかしくはない。


 宮田は先生と接触することを思いつく。自分たちの知識では過去に作られたアンドロイドや、その性能を調べることが不可能だったからだ。


(少しは資料残してくれりゃいいのに)


 不気味の谷条約締結後に、閲覧禁止文書としてそれらの情報が全て削除されてしまった事が悔やまれる。そういう事をするから、情報を持っているのが犯罪に手を染めているアウトローしかいなくなるのだ。宮田だって、出来れば犯罪者なんかと手を組みたくはなかった。



「あの、もうサインおわりましたけど……」


 ハッと我に帰る。


(やば。仕事中だった)


 宮田の目の前にはログ閲覧許可にサインをした少女がいる。

 真っ白な肌と大きく丸い瞳、ウェーブのかかった紫色の髪、そして全身真っ黒なゴスロリ衣装。


(お人形さんかよ)


 最初に見たとき、そう思った。


 彼女は昨夜、怪しい男に部屋に侵入されたと通報してきた。進展のない13人のゆりあ事件につきっきりになるわけにもいかず、宮田も今日は通常業務に勤しんでいる。


「ありがとうございます。えっと」


 少女の名前を確認する。


櫻井詩季さくらいしきさん。ログを見せてもらいますね」


 専用のデバイスで該当時間を検索する。夜中3時ごろ。彼女はすでに眠りについているので視界は真っ黒だ。


 ギシっと音がする。


 眠りが浅かったのか、詩季はぼんやりと目を開けた。


「え……」


 黒い物体が詩季に馬乗りになっている。その両手がこちら側に伸びて……


「き、きゃぁあああああ!」


 詩季は枕元にあった置物を手に取ると、相手に向かって投げつけた。

 黒い物体は身をよじってベッドから降りる。


「だ、誰?」


 相手は無言だ。


「誰なの」


 暗闇に目が慣れてくる。カーテンの隙間から月明かりがさし、その顔を一瞬照らした。


 その瞬間、宮田はストップをかける。


「この男ですね」


 ログを見せる。背が高い。涼しげな目元と通った鼻筋。恐ろしく顔のいい男だ。


「はい」


 ログを再びスタートさせる。男は踵を返すと、玄関のドアから外に飛び出した。


「心当たりは?」


「ありません」


「部屋の鍵は開いてた?」


「もちろん閉めてました。でも、以前空き巣に入られた事もある家なので、開けやすいのかもしれません」


 部屋の中はラブリーな小物と家具で統一されているが、よく見ると年期の入ったアパートだ。防犯設備は良くないだろう。


「なるほどね」


 こんな綺麗な女の子だ。一方的に好意を持ったストーカーという可能性もある。だが


「襲ってきた男、随分イケメンだね。こんな人、会ったら忘れないよねぇ」


「はい。だから断言できます。この人を見かけたことはありません」


 データベースにかけてみるが、同じ顔は検索されなかった。犯罪歴はないみたいだ。


「こちらでも周辺を調べてみます」


「はい。よろしくお願いします」


 少女がペコリと頭を下げた。


「怖いでしょうから、業務班の中でボディーガードの資格を持つ者を護衛につけますね。とりあえず1週間くらいでいいかな?」


 不安にこわばっていた少女の頬が緩む。


「あ、ありがとうございます。とても怖くて、心細かったので嬉しいです」


 ニコッと笑ったその顔は天使そのものだ。

 宮田は思わず見惚れる。


(いいねぇ。最近やけに圧の強い人とばっかりいたけど、やっぱり女の子はこうでなくっちゃ)


 差別的な事を考えつつ、詩季を外に連れ出す。

 同時にワークアームで沙樹にこちらにきて欲しいと連絡を入れた。


「もっちろん、護衛につくのは女の子だからね。ぱっと見若くて頼りなさそうだけど、めちゃくちゃ強いから安心して」


「え……」


 詩季が足を止める。


「女の人ですか?」


「うん。そりゃそうでしょ」


 こんな可愛い子と狼を一緒にするわけにはいかない。


「あーー!」


 宮田の呼び出しに応じてやって来た沙樹が、詩季を見て大声をあげた。


「え、もしや知り合い?」


 沙樹はずんずんと詩季に近づき、その両手をガシッと握る。


「ユリアちゃん!」


「は?」


 数ヶ月前から聞きまくっている名前を挙げられ混乱する。


「私大大大ファンなの! あー! 本物もかわいい!」


「ありがとうございます」


「毎日配信見てるよ。ユリアちゃんのオススメコスメも買ってるし!」


「嬉しいです」


「ちょ、ちょっと待った!」


 とりあえず会話に混ぜてもらいたい。


「沙樹さん。何言ってんの? この子は詩季さんだよ」


「え?」


「あ、本名です」


 詩季が笑う。


「あー、そっか。ユリアって芸名でしたね」


「どういう……?」


 嫌な予感がして、説明を求める。


 彼女は若い女性の間で人気のアイドルらしい。アイドルと言っても歌ったり踊ったりはしない。メイク技術や髪型のアレンジ方法などをネットで配信している素人だという。そして彼女の芸名が、ゆりあ……


「と言うことは……侵入して来たあの男」


 よく考えれば、寝ているすきに侵入されて首を絞められそうになると言うのは、今までに殺された13人のゆりあと同様の手口だ。


(まさか、また始まった?)


 一夜にして犯行は終わったと思っていた。


(犯人は再びゆりあを襲い出した? でも何で今頃。まずいぞ。また被害者が出れば無限のミスだ)


 突然目の前に提示された犯人に、宮田は動揺する。


「沙樹さん。この人、櫻井詩季さんは昨夜侵入してきた男に襲われそうになったんです」


「え!」


「もしかしたらゆりあ事件と繋がりがあるかもしれない。君はこれから1週間、彼女の家に泊まって護衛して」


「はい。承知しました!」


 沙樹が敬礼する。


「え? あ、あの。本当にいいんですか?」


「勿論! ユリアちゃんと一緒に居られるなんて夢みたい!」


「でも……」


 詩季は逡巡する。


「どうしたんですか? 何か不安なことでも?」


 宮田が尋ねると、詩季は遠慮がちに答えた。


「あの、私は男なんですけど、いいんでしょうか?」


「……え? 男?」


 宮田が固まる。


「宮田さん! ユリアちゃんは超人気の男の娘ですよー」


 そんな事も知らないんですかぁ? となぜかマウントを取ってくる沙樹に向かって、宮田は口をパクパク動かす。


「私はユリアちゃんの性別なんて気にしてないよ。しっかり守るから、安心してね!」


 沙樹がガッツポーズを作った。


「いやいやいやいや!!!」


 ダメでしょ!


 宮田は空に向かって叫んだ。


 



 




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