第34話 結託

「あー! 君こないだの!」


 先生は沙樹を見つけると馴れ馴れしく近づいてきた。

 こいつは自分が犯罪者という自覚があるのだろうか? 


「久しぶりー。なんでこんなところにいるのー?」


「それは……」


 宮田が沙樹を守るように体を割り込ませた。


「先生、こんにちは」


「え? あぁ、どうもー」


 先生はあからさまに宮田に興味がなさそうにそっぽを向く。


「おや、どうされましたか?」


「僕、男はあんまり好きじゃないんだ」


「奇遇ですねぇ。僕もですよー」


「え! 本当? 気が合うね!」


 先生の機嫌がなぜか直った。


「僕ねー今早苗タンと待ち合わせしてるのー。ちっちゃくてね、フワフワでね、かわいいんだー」


 沙樹が店長に目配せをする。

 先生の背後で眠っている早苗を、店長はサッと奥に移動させた。


「まだかなー。早苗タンまだかなー」


 ちょっと可哀想なくらいウキウキしている。こいつの趣味は完全アウトだ。


(いや、早苗は見た目は幼女、実年齢成人済みだからセーフなのか。尚更合わせられないわ!)


「すみません。実はその早苗タンって、僕なんですよねー」


「……は?」


 宮田は先ほど早苗に貰ったIDを表示させた。


「……あ?」


 先生からドス黒いオーラが沸き立つ。


「そんで、僕の正体はこれです」


 続いて宮田は自身のIDを表示させた。”無限課・データ班”の文字が浮かぶ。


「無限……」


 ガタッと立ち上がると、先生は一目散に逃げ出した。


「沙樹さん! お願いします!」


「は、はい!」


 沙樹はテーブルに手をかけ宮田を飛び越えると、そのままの勢いで先生の背中に向かって膝を打ち付けた。


「ぐふっ!」


 先生はそのままぶっ倒れた。


***


「で、僕を逮捕しようっての?」


 先生は両手を縛られソファの上に正座した状態のまま答えた。


「いえ、僕はあなたの力を借りたいと思っています」


 宮田の提案に、沙樹が焦る。


「宮田さん、どういう事ですか?」


 宮田が目線で「黙ってて」と告げた。仕方なく、口をつぐむ。


「今僕たちは13人のゆりあ事件を追っています。それについて……」


 先生の言葉が宮田にかぶさる。


「あぁ。あれはアンドロイドの仕業だろうね」


「やはり、そう思われますか?」


「当たり前でしょう。僕無限のデータをハッキングしてみたけどさぁ、あんな短時間に人を殺しまくれる人間はいないよ」


 色々と突っ込みたいことはあるが、それは置いておこう。


「それにさ、みんな寝ている間に首を折られたって書いてあるけど、普通どんなに熟睡してたって人が馬乗りになれば気づくよ。例え気づかなかったとしても、首を絞められりゃ苦しくて目を覚ます。相手が目を開ける前に首を折るなんて、人間技じゃない」


「ちょっと待ってください」


 沙樹が立ち上がった。


「それはあり得ません」


 宮田には悪いが、ここに連れてこられたからには自分の意見は言わせてもらう。


「人を攻撃できるアンドロイドを作る事は出来ません。例え作れたとしても、市場に出回る前に検査に引っかかるはずです」


 先生が沙樹をみた。


「じゃあ、シエルたんはどうなの?」


「シ、シエルは……」


 彼女は明らかに人を傷つけるように、いや、殺すように作られたアンドロイドだ。そしてそれを作ったのは、人間である。


「シエルが作られたのは、私たちが生まれる前の話です」


「そう。だから僕が思うに、犯人は同じく君達が生まれる前に作られたアンドロイドだよ」


「不気味の谷条約の後に違法アンドロイドが制作されていたという事はありませんか?」


 宮田が冷静に問うた。


「それはない。黄龍清太郎が部品の製造を止めてしまったからね」


「先生、あなたはロリコンで頭のおかしい科学者ですが、その知識と技術は無限の職員のレベルをはるか凌駕していると思います」


「え? あ、ありがとう。そんな褒めないでよ」


 先生はなぜかモジモジと体をくねらせる。


「だから捜査に協力してください。良い情報を頂ければ、あなたの事は無限に報告しないと約束します」


「え、本当!? ラッキー! 僕捕まるの嫌なんだ。自由に動けないなんて嫌だもんね。協力するよー」


 先生は体を左右に振ってリズムを取り出した。嬉しさの表現らしい。


***


「宮田さん、どういう事ですか!」


「え? 何が?」


 先生を解放し、二人は繁華街で賑わう通りを歩いていた。

 人々を避けながら、沙樹は宮田の背中を追う。


「とぼけないでください。先生と手を組むなんて危なすぎます」


 バレれば懲戒免職どころの騒ぎじゃない。


「大丈夫。そこらへんは上手くやるから」


「でも……」


 沙樹の顔を見て、宮田は彼女を連れてきたことを後悔した。先生は羊の面をかぶっていて素顔は見えない。自分一人で対峙した時、本物か偽物かを見分けるために、以前先生に会った事のある沙樹を連れてきたのだが……。


「ご、ごめんねぇ」


「え?」


「沙樹さん、あんな奴会いたくなかったよね。それなのに……」


 宮田は気まずそうに下を向いた。


「というか、今日はデートだと思っていたのでがっかりです」


「え……えぇ!!」


 宮田の動揺をみて、沙樹は満足した。少しからかってやったのだ。


(だって、休みの日にどこか行こうなんて言われたら、誰でも少しは考えちゃうじゃない)


 宮田は寝癖のついた髪を更にクシャクシャにかきながら、言葉を探している。

 からかうのはこれくらいにしてやろう。


「あはは! 冗談……」

「じゃあ、今度行きましょう」


 二人の声が重なる。


「え?」


「あ、だから。次は、二人で遊びに行きましょう。今日のお詫びも、かねて、ね」


 恥ずかしくなったのか、最後の方は声が小さくて聞き取れなかった。


「あ……は、はい」


 仕掛けたはずなのに、心を乱されたのは沙樹の方だった。


 その時


 突然、街中に緊急速報が流れる。


 巨大な街頭ディスプレイが表示され、黄龍智子の顔がアップされる。その顔に深く刻まれたシワの一つ一つが見えた。


「皆様、昨日未明、黄龍清太郎が息を引き取りました事をご報告致します」


 道ゆく人々が足を止め、画面に視線を移した。


「黄龍清太郎はその生涯をかけて、人間の尊厳を守り抜いた科学者でありました。そしてその人生は、人類に大きな希望をもたらしました」


 一瞬の間。浮かんできた涙を拭った。


「明日、清太郎が好きだった海の見える丘で、告別式を執り行います。皆様、どうか神の元へ戻った我が夫のために、お祈りください。」


 智子が、ゆっくりと頭を下げた。

 周りですすり泣く声が聞こえる。


(13人のゆりあ事件の犯人がアンドロイドだと判明した時、黄龍清太郎の地位はまた一段と上がるんだろうな)


 宮田は無表情に映像を見ながら思う。やはりアンドロイドを生産していたあの時代は間違いなのだと。技術はある程度の進化で止めるべきだという彼の主張がより一層尊ばれる日は、すぐそこまできているのかもしれない。



その日の夜。


黒い影がとある家に忍び込んだ。

ベッドで眠っている人間。その上に跨り、首に手を回すーー

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