5章 14人目

第33話 接触

(まだかなぁ)


 爆発事故に巻き込まれてから1ヶ月後の12月。季節はすっかり冬になっていた。

 沙樹は寒空の下、宮田を待っている。


 宮田から「次の休みの日、一緒に出かけません?」と言われた時にはびっくりしてしまった。彼は本心が見えずらい。


(落ち込んでる私を、励まそうとしてくれてるのかな)


 弥生が目の前で自殺して皐月にも怪我を負わせてしまった沙樹は、退院してからも時々気分が大きく塞ぎこむのを感じていた。


 そんな沙樹を見かねて、父も宮田も交互にお見舞いに来てくれた。沙樹を元気付けようと頑張っている二人の姿を見ると、申し訳ない気持ちになる。13人のゆりあ事件は進展を見せず、とうとう規模を縮小しメインで捜査を続けるのは宮田と亘のペアのみ、という措置がなされた。


 これはヒューマログが設置されてから初めての未解決事件になるのではないか……。希望の見えない日々に、調査官達の気分も沈んでいる。


「すみません。お待たせしちゃって」


 宮田が駆け足でやってくる。ダウンジャケットにジーパンを履いている。そう言えば、私服で会うのは初めてだ。


「いえ、そんなに待ってな……」


 宮田の背の後ろに隠れて、小さな女の子がいる。


「えっと」


 彼女の名前は確か


「このかた、喫茶ロマンスの従業員の」


「早苗」


 ぶっきらぼうに呟いた彼女は、そうだ。あの喫茶店で働く可愛いけど意外に年いってる子だ。


「こんにちは」


 挨拶をしながら内心沙樹は混乱していた。女を連れてくるとは予想外すぎる。


「じゃあ、行きましょうか」


 と、歩き出す。


「え? どこに行くんですか?」


「喫茶ロマンスです」



 喫茶店に入ると、案の定客は一人もいなかった。風評被害で売り上げはガタ落ちだろうが、宮田に聞いたところ、店長は昔大手企業で定年まで勤め上げたやり手で、喫茶店は道楽だから売り上げがなくても問題ないそうである。


「注文は?」


 エプロンをつけた早苗がキッチンから顔を出す。


「僕コーヒー」


「私は、えっと……あ、メロンソーダで」


「了解」


 早苗が奥に入っていった。


「メロンソーダって、人気なんですねぇ」


 宮田が不思議そうにメニューを見ている。


「え? そうですか?」


「亘さんも、ここに来た時はいつもメロンソーダなんですよ」


「あ、なるほど」


 父と一緒に住んでいた年数は短いが、趣味は似るのだろうか?


「で、今日ここに来た目的、いい加減教えて貰えます?」


 自分を元気付ける為ではない、ということはハッキリわかった。

 自然と声に棘が混じる。


「いや、ごめんなさいねー。せっかくの休みに」


 宮田はわかっているのかいないのか、はははと苦笑した。


「実は、今日ここに先生が来るんだ」


「は?」


「だから、先生」


「先生って……あの?」


 羊のお面にビーチサンダル姿の小男が浮かぶ。


「どうして」


「沙樹さんのログを見せて貰ったんだけど。あ! もちろん先生の部分だけね! 変なところ見てないから!」


「わ、わかってます。信頼してます」


 なんだか二人して照れてしまう。


「そりゃどうも」


「続けてください」


「で、先生と角弥生が出会ったのが、バーチャルゲームの中だって話があったでしょ」


「はい」


「そこで僕もそのゲームをやってみたんだけど。どうもその先生っていうのは廃人くらいにゲームしていないと会えないレベルの方らしくてね」


「はぁ」


 弥生もごみ収集場で働く前はずっと引きこもりだった。人生の全てを捧げてゲームの技術をあげていたんだろう。


「僕はそこまでゲームに時間費やせないし、無限の人間だとすぐにバレそうな気がしたんだ。だから全く関係ない人に協力をお願いした」


「ほら、持ってきたぞ」


 コーヒーとメロンソーダが乱雑にテーブルに置かれる。


「早苗さんでーす」


 早苗が自慢げでピースをする。


「え? 早苗さん、ゲーム廃人になったの?」


「まぁな。宮田からレベル上げるごとに小遣いやるって言われてさ」


「宮田さん。そんな事していいの?」


「うん。普通に考えて絶対ダメだよね!」


 宮田が下手なウインクをした。無視する事にする。


「いやぁ、久々にハマっちまったぜ! 店が暇な時には、ここで店長がいれてくれたココア飲みながらプレイしててさ」


「店長! 甘やかしすぎ!!!」


 沙樹が訴える。店長はデレデレ笑顔だ。この人は孫に甘いタイプだと思う。


「それで、先生と接触できたの?」


 宮田は得意そうに笑う。


「まぁね。大会の上位者だけが入れるプレイルームってのがあって。そこで接触成功! 早苗さん、ちょっとIDを貸してくれません?」


「ほらよ」


 アームワークを伝って送られてきたIDにアクセスすると、ゲームのプレイ画面が現れた。3Dモードにすると、喫茶ロマンスが消失し、ゲーム空間に切り替わる。自分がゲームの世界に入り込んだようだ。


「へぇ、これが最新のプレイルームなのね。私あんまりゲームやらないから」


 その精密さに沙樹は驚く。


「今表示しているのが、過去のログ」


 7頭身の妖艶な美女が、羊のお面をかぶった男と同じルームでおしゃべりをしている。美女は先生に話しかけるが、先生はやけにそっけない。


「この美女は?」


「早苗さんのアバター」


「あ……」


 察した。


「先生の方は明らかに先生ね」


 早苗とは違い、細部まで自身そっくりに作られている。


「なんか軽くあしらわれるから、僕がアバターを変更したのさ」


 光を放ちながらクルン!と一回転すると、美女は2頭身の幼女になった。早苗そっくりだ。


「そしたら」


 先生のアバターが発した言葉が表示される。


『早苗タン! そのアバターかわいいね。ちっちゃくてねぇ。髪の毛ふわふわだねぇ。ハァハァ。本当の早苗タンもこんなにちっちゃいのかにゃ〜』


「キモい!!!」


 沙樹の口から本音が飛び出す。


「あいつの好みが分かったので、僕は次にこの手を使いました」


 早苗のアバターが喋る。

『私先生と一緒に協力プレイしたいな♡ 今度の土曜日、喫茶ロマンスで会いませんか? 私はこのアバターのまんまなので、すぐにわかると思います!」


「ちょっと!」


 早苗を見やると、ソファに横になって居眠りしている。店長がその身体にそっと毛布をかけてやる所だ。


「まぁまぁ、そう怒らないで。もちろん先生と早苗さんは会わせないから」


「当たり前です!!!」


 いつの間にか自分も早苗の保護者のような気分だ。


「でも、本当にこんなのでノコノコ現れるのかしら? この人かなり色々な違法行為に首突っ込んでそうだし……」


 流石にそこまで馬鹿じゃ……


 カランカラン。


 店の扉が開く。


「あ、結構馬鹿だ」


 羊の仮面をかぶった先生が、明らかに興奮しながらやってきた。

 


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