第32話 愛情


 沙樹が目を覚ます。

 真っ白な天井と、無機質な家具が見えた。


「ん……」


 首を動かそうとすると、激痛が走った。身体中が痛い。


「あー、ダメダメ。全身打撲ですよ」


 パイプ椅子を置き、誰かが腰を下ろした。

 ひょろ長い足が見える。


 目線を上げると、ふわふわと手触りが良さそうな茶色いくせ毛が見えた。


「宮田、さん」


「どうもー」


「ここは……」


 周りをゆっくりと見渡すと、そこが病院の一室であることがわかった。


「そうか、私」


 窓から飛び降りた弥生。微笑するシエル。全てを思い出す。


「弥生さんと、皐月さんは!」


 袖を掴もうとすると、宮田はさっと後ずさった。


「全身打撲って言ったでしょ! 安静にして」


「は、はい」


 ゆっくりと身体をベッドの上に戻す。


「角弥生は死にました。皐月は爆発した際、壁に頭をぶつけましたが、意識は戻っています。もう心配はありません」


「そう、ですか」


 ホッと胸をなでおろす。


「歩く爆弾がまだ残っていたとは……。ですが、相当ガタが来ていたようで爆発の威力は100000分の1にまで下がっていたそうです」


 ならば、と沙樹は悔しく思った。

 自分が弥生をあそこまで追い詰めなければ、彼は死ぬことはなかったのだ。


「ねぇ、沙樹さん」


 宮田が、沙樹を気遣うように見つめた。


「あなたのせいじゃないので。その、お気になさらず」


 宮田は人を慰めた事などない。精一杯の言葉だった。


「はい。ありがとうございます」


 何とか笑顔をみせる。ここで自分が落ち込んでいてもしょうがない。


「気がついたみたいだな」


 亘が入ってきた。


「お前の着替え持ってきてやったぞ」


「え!」


 パンパンに膨らんだカバンを枕元に置く。


「ほら」


 カバンを開けると、最初に沙樹の白い下着が見えた。


「!」


 バッと顔を背ける宮田。


「し、下着もあるの!?」


「あぁ。必要だろう。それにしてもお前な、派手な下着が多すぎるんじゃないか?」


「はぁ!? 普通だし!」


 デリカシーのかけらもない父親に顔が赤らむ。


「あー、その! 僕は失礼します。あとは若い者同士で、ごゆっくりー!」


 謎のセリフを残してそそくさと去っていった。


「何だあいつ」


「さぁ?」


 もしかして、私たちが親子だという事を父が喋ったのだろうか。


(別に秘密にしてるわけじゃないけど)


「さて」


 亘が宮田の代わりにパイプ椅子に腰を下ろした。


「沙樹、お前に何が起こったか、話してくれ」


「うん」


 沙樹は先生に連れ去られてから爆発に巻き込まれるまでの経緯について説明した。

 先生が出てきた時には、亘の目線が更に鋭くなった。


「沙樹、お前のログを見せてもらうぞ」


「わかってる」


 沙樹は閲覧許可の書類に電子サインをした。


「ねぇ、先生が出てくるところ以外見ないようにって強く言ってよ。シャワーシーンとか、着替えシーンとか」


「そんなバカな事する奴はその場で首締めてやるから安心しろ」


 先生はきっと、もうあの場所にはいないだろう。あの男は色々言動がふざけていたが、無限に尻尾を掴ませるようなミスは犯さない。


「ごめん。心配かけて」


「無事だったんなら、それでいい」


 亘が、その筋張った大きな手で沙樹の頭をポンポン叩いた。


「うん」


 隣の部屋から、皐月の悲痛な泣き声が聞こえてきた。


 脳裏に、シエルの歌声が蘇る。


 あの天使ような容姿を持ったアンドロイドは、一体何のために生まれてきたのだろうか……。


 



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