第30話 姉弟
宮田と亘がその死体と対面する、1時間前。
弥生は遅めの昼ごはんを食べて一眠りをしていた。
ピンポーン
部屋のチャイムが鳴った。
「誰だ?」
体を起こしてドアを開ける。
そこには……
「姉さん」
姉と、見知らぬ女性が立っていた。
「角弥生さんですね。私はこういう者です」
ワークアームを操作しようとした沙樹は、その手首に何も巻きついていない事に思い至り、手を引っ込めた。
「すみません。今ワークアームを持っていなくて。私は無限・業務班の谷村沙樹と申します」
「え? な、なんで無限が」
「弥生さん。すぐにシエルを破棄してください」
沙樹は鬼気迫る表情で弥生に迫る。
「シエルは爆弾なんです」
***
一番最初にシエルを生で見た時、先生はすぐに気づいた。
これが不気味の谷条約が作られる以前に作成されたアンドロイド型爆弾だという事を。
アンドロイドは薄く綺麗な銀髪で、青い瞳をしていた。
西洋風の顔立ちと、美しい声で人々を魅了したそのアンドロイドは、主に戦場で使用された。
アンドロイドは全てが女性だった。女は歌いながら街を歩く。美しい顔立ちと綺麗な声に惹かれた人々がその後ろを付いていく。まるでハーメルンの笛吹き男だ。子供も老人も男も女も。
アンドロイドはそうやって人々を連れて一定時間歩くと、歌うのをやめる。
「どうしてやめちゃうの?」
「もっと歌ってよ」
そうせがむ子供達を見てアンドロイドは微笑む。そして、次の瞬間にその身体もろとも爆発する。
歩く爆弾として戦争時代にその威力を遺憾なく発揮していたアンドロイドは、当然戦争が終わると同時に全て破棄された。
「その歩く爆弾が、シエルだというの?」
話を聞いた時、沙樹と皐月は驚愕のあまり自分たちがやばい人間と一緒にいるという事実さえ忘れた。
「そうさ。首だけだけど、歩く爆弾の特徴と一致している」
「なんでそんな危険なものが今まで放置されていたのよ」
「不気味の谷条約が締結された時、政府がアンドロイド関連の資料閲覧禁止にしちゃったでしょ? だからだよ。みんな見た事ないから気づかないんだ。政府って本当、余計なことしかしないよね」
「でも、あのアンドロイドは首しかありません。爆発した後なんじゃないですか?」
皐月が縋るように聞いた。
「違う違う。あの型は頭に爆弾があるんだよ。どうして体だけ壊れていたのかはわかんないけど。だから僕、また歌を歌わせてあげようと頑張ってたんだ」
「それじゃ爆発しちゃうじゃない!」
皐月がたまらず大声を出す。
「爆発して何が悪いんだ。彼女は爆発するために作られたんだから、ちゃんと爆発させてあげないと可哀想だろう」
先生は本気で怒っている。
「あ!」
そして突然大声を出した。
「やったぁ! シエルの電源が入った! これで居場所が追跡できるぞ!」
シエルはまだ修理途中で、電源が入るタイミングはまちまちなのだという。
先生は彼女の頭の中に発信機を入れていた。
「どうしてそんな事を」
「僕はねぇ、いろんなところに発信機つけるのが好きなの」
「は?」
ドン引きした。
先生は弥生の居場所を見つけ出すと、ワークアームを置いて誰とも連絡を取らない事を条件に沙樹たちを解放した。
「いいかい! 絶対外部と連絡を取っちゃダメだよ! 僕のことも言っちゃダメ!」
沙樹は頷く。
「わかった。シエルを取り戻したらすぐに知らせるわ」
「ありがとう!」
シエルの爆発を止めるには、彼の力が必要だ。ここで捕獲に動いて失敗したら、弥生やその周辺の人々が大勢死ぬ可能性がある。
(今だけ、こいつのいいなりになってあげる)
こうして二人が弥生の部屋を訪ねることができたのである。
***
「シエルが、爆弾?」
「そうよ。あのアンドロイドは危険なの。すぐに手放して!」
姉は、必死に弟に訴えた。
「そんなバカな」
「弥生さん。お姉さんの話は本当です。シエルの事は私に任せてください」
「……あんたが無限の人だっていう証拠はあるのか?」
「それは」
ワークアームをとられているのが悔やまれた。
「ワタシノナマエハシエル」
突然、シエルの電源が入った。
「シエル……起きたんだね」
弥生はシエルの首を抱きかかえた。
「ごめん。怖い思いをさせて。君のことは、俺が守るから」
「弥生さん! 危険です!」
シエルの髪を、弥生が愛おしそうに何度もなぜた。
皐月が、思い詰めたような目で沙樹を見る。
「谷村さん。私に任せてください。私が説得します」
「でも」
「お願いします。あの子のがこうなった責任は、私にあります。どうか」
「……はい」
膝をつき、その胸にシエルの首を抱いている弥生に目線を合わせる。
「弥生」
「……」
弥生が、皐月の方に体を向けた。
「姉さん」
「弥生……姉さんね、貴方の事が大好きよ」
皐月の目から涙が流れた。
「いつも二人で力を合わせて生きていた。貴方がいたから、姉さんは生きてこられた」
「……」
「貴方が誰を愛しても、姉さんはもう何も言わない。祝福する。だけど、その子はだめ。爆発したら、色んな人を巻き込むわ」
ワークアームを指差す。
「嘘だと思うなら、電源を入れて先生と連絡を取ってみなさい」
弥生は電源を入れた。突然、先生からのメッセージつき動画が空中ディスプレイに映し出される。羊の面を被った先生がこちらに向かって手を振る。
「先生でーす。シエルたんを早く僕のところに連れてきてくださーい。実は、シエルたんの修理はもうほとんど終わってます。だからいつ歌い始めてもおかしくありません!」
先生は大げさに驚いてみせる。
「でも歌い終わったら爆発しちゃいます! 今爆発したら、僕はシエルたんの歌声を生で聴けないという事になります。それは嫌!!!」
先生はプンプンと怒ったような動作をする。
「だからすぐに戻ってきてください! お願いしますーー!!! あ、歌い出したらしょうがないから首の後ろを刃物で切ってください。そうすれば歌は止まります。そのまま僕のところに持ってきてください!」
映像が切れた。
弥生は呆然と、何も写っていない空中を見続ける。
「本当……に?」
「えぇ。本当よ。弥生」
皐月が、弥生の手を握った。
「姉さんと一緒に帰りましょ。また、二人で力を合わせて生きていきましょうよ」
「僕は……」
「アナタノタメニウタヲウタイマス」
突然、シエルの電源が入った。
そして
「ラーラララ」
シエルが歌い出す。
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