第27話 彼の友達

「ロボットと駆け落ち? それはえっと……」


 沙樹は窓の外を見る。ちょうどロボットが街のゴミ拾いをしていた。


「いえ、ロボットではなくて、アンドロイドです」


 皐月が沙樹の考え違いを訂正するように固い声を出した。


 一般的にアンドロイドといえば、不気味の谷条約で製造を禁止されたA10Tの事を指す。


「弟さんは、不気味の谷条約に違反していたという事でしょうか?」


「い、いいえ。違います。私どもの亡くなった両親は厳しくて、条例が締結される前も、アンドロイドなどの嗜好品は買って貰えませんでした」


「では……」


「私と弟は、両親から虐待を受けていました……」


 弟の弥生と姉の皐月は、教師をしている厳格な両親の元に生まれた。毎夜両親は二人に対してテストを出した。そのテストで合格点を取れないと、ご飯も食べさせて貰えなかったという。


 暴力も受けた。

 特に弥生は男だからと言う理由もあるのか、皐月よりもいつも多めに叩かれていた。


 そんな家庭環境の中で、皐月は年の離れた弟の存在だけが心の支えだった。互いに両親からつけられた傷を見せ合い、「今日も大変だったね」と語り合う時間がなければ、とうに自殺していただろう。


 そんな両親が死んだのは、5年前。事故死だった。

 皐月はすでに働いていたが、当時弥生は引きこもり状態だった。


「無理もない事だと思います。あんな両親の元で育って、まともに人間関係が築けるようになるはずがないんです」


 皐月は両親が建てた家を売り、弟と二人新たな人生へのスタートを切った。幸い皐月の仕事は給料がよく、弟を養う事も出来た。


「でもあの子は、一人働く私を見て可哀想に思ったのでしょう。自分で求人を探して、ごみ収集の仕事を見つけてきました」


 

 弥生は仕事を始めたが、人間関係でやはり躓いた。


「職場の上司が、弟を怒鳴り散らすらしいんです。弟に非がある場合もあるでしょう。でも、明らかに聞いていない事や、教わっていない事に対しても怒られると言うのです。私はそんな職場にいては、また弟の心が病んでしまう。だから早く辞めさせたかった」


 皐月は何度も辞めるようにと言ったが、弥生は首を縦に振らない。理由を聞くと、弥生は「友達がいるから」と答えた。


「職場で友達ができたのなら良かったと安心していました。ですが……」


 ちょうど13人のゆりあ事件が発生した数日前、皐月が戻ると、家には仕事中のはずの弥生がいた。弥生はその日も柚李安に激しく叱責され、勤務中に逃げ出してきたのだという。そして、


「もう仕事は辞める。だから友達も連れて帰ってきた、と言いました」


 弥生の腕の中にあるものを見て、皐月は悲鳴をあげた。

 それは、女性の生首だった。


「最初は人間だと思いました。でもよくよく見ると、首の下からはみっしりとコードがはみ出していました……」


 そういうと、皐月は喋り疲れたのか紅茶を一気に飲み干した。話を聞いていただけの沙樹も、喉の乾きが治らない。


「会社の廃品回収置き場の隅で見つけたみたいです。最初、弟も人間の生首があると思って驚いたようなんですが……」


「彼はアンドロイドを”友達”だと言ったんですか?」


「はい。そのアンドロイドはほとんど壊れていて、時々思い出したように同じ言葉を繰り返すだけでした」


 そんなガラクタを、やがて弥生は愛し始めてしまった。


「弥生はまた家に引きこもるようになりました。以前は暗い顔でバーチャルゲームばかりやっていましたが、その頃からとても明るくなって」


 部屋からは常に弥生の笑い声が聞こえてきたという。そして、誰かと電話しているような様子もあった。


「その頃から、弥生は私とはほとんど口を聞いてくれませんでした。このままではあの子の将来が台無しになってしまう。そう思って……」


 その日、弥生の部屋からはクラシック音楽が鳴り響いていた。

 不思議に思った皐月が、思い切って彼の部屋に押し入ると……


「白いタキシードを着た弥生が、ウエディングベールを被ったアンドロイドを抱えて立っていました。あの子、ベールをとってあの生首にキスを……」


 そこまでいうと、皐月はその時の感情を思い出したのかウッと口を押さえた。


「あの子、アンドロイドは友達から恋人に、そして妻になったんだと言って笑いました。私、気が動転して……酷い言葉を吐きました」


 気持ち悪い。反吐が出る。こんなガラクタとキスなんて。出て行って。顔も見たくない。もういや。ずっと我慢してきたのに。あんたはちっともマトモにならない。この異常者。


 思いの丈を全てぶつけた時にはもう遅かった。


「何度も謝りましたが、あの子は”姉さんの気持ちはわかったから”と」


 その日の夜、弥生はアンドロイドと共に家を出て行った。




 長い話が終わった。

 沙樹は、自分の爪をじっと見つめる皐月の顔を見つめる。


「それで、無限に連絡をされたんですね」


「はい。壊れているとはいえ、アンドロイドが家にあればあの子も罪になるのかと思い……」


 不気味の谷条約が締結された時、アンドロイドの破棄は業者に委託した者がほとんどだが、中には「家族だからこそ自分たちの手で」と自らアンドロイドを破壊した人たちもいる。その人たちが思い出として部品の一部を保管していたケースがあったはずだ。


 だが、壊れかけているとはいえ、まだ言葉を喋れる状態のアンドロイドを持っているのはまずい。


「そうですね……もしかしたら、何らかの罪に問われる可能性があります」


「それはダメです!」


 ぐわっと目を見開き、皐月は必死の形相だ。


「あの子はこれからの子なんです。もし条例違反で無限のデータに乗ってしまったら、ただでさえ難しい社会復帰への道がさらに遠のいてしまいます」


「それを心配されて、ご連絡頂いた時は何もおっしゃらなかったんですね」


「はい……特に、身内の恥をお聞かせするのは忍びなくて」


「弟さんが出て行ったのはどのくらい前ですか」


「1ヶ月ほど前、です」


「ではまず弟さんの居場所を……」


 沙樹の言葉を遮るように、チャイムが鳴った。


「あ、すみません」


 皐月がドアに近づこうとすると、


 ガチャ


 施錠が外れ、ノブが回る。


「え?」


 ドアが開いたその先には……


「貴方は、誰?」


 羊のお面を被った背の低い男。足元からはすね毛が覗き、この季節だというのにビーチサンダルをはいている。


「お前は!!」


 沙樹の顔が凍った。


***


「いませんね」


 宮田と亘は、捕獲班からの情報をもとに、角弥生の家を訪れていた。

 だがチャイムを押しても誰も出ない。


「逃げたか」


「弥生は姉と一緒に住んでいるはずです。彼女もいないんですかね?」


 ドアノブを回すと、ガチャリと音がした。

 

「開いてる」


「入るぞ」


 亘は土足で家の中に踏み入る。


「え! ちょっと亘さん」


 続いてリビングに入った。


 ローテーブルには二つのティーカップ。真ん中にはクッキー。

 そしてその周りには


「……血だ」


「ですね」


 カーペットの上に点々と血がついている。


「誰か、お客さんでも来てたんでしょうか?」


 白いカーペットについた血の赤さをみて、何故だか宮田の背筋がゾクッと逆立った。

 

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