第26話 動機
柚李安の職場での評判はあまり良くはなかった。とにかく言い方がキツく、感情的に怒鳴り散らすので新人はすぐに辞めてしまう。勤続15年で2代目社長よりも発言力があるため辞めさせる訳にもいかず、周りは辟易していたらしい。
「どうなんでしょう。殺されるほど恨んでいたって言う人は思い当たりません。でも、彼女にいびられて辞めた人は、殺したいとか思っていたのかも……いや、勿論私は思ってませんけど」
亘と共に聞き込みに行くと、従業員は総じて言いにくそうに口にした。
ログを閲覧許可を申請すると、全員から快諾。デバイスにかけ閲覧をすると、全員が弥生に激怒する柚李安の様子を見ていた。
「この角弥生はどこにいますか?」
「それが、ちょうど柚李安さんが殺された数日前に退職しました。連絡がつかなくなったんです」
亘と宮田はこっそり目を見合わせると、礼を言ってその場を後にした。
「怪しいっすねぇ」
「そうだな。追うか?」
「いや、その点は捕獲班に任せましょう。あっちの人たちの方が早いので」
「わかった」
宮田は即座に捕獲班に連絡を取り、弥生の映像を転送した。無限のデータを集積すれば、すぐに居場所は見つかるだろう。
小腹が空いた二人は近くにあったラーメン屋に入り、カウンターに腰を下ろす。
あっさり系の塩ラーメンを食べながら、宮田は疑問を口にした。
「工藤柚李安を殺す動機はあっても、他12人のゆりあを殺す動機はありませんよね」
「まぁ、そうだな」
亘はこってり豚骨スープだ。
「今回も日下部由利亞の時みたく空振りになりそうですねぇ」
宮田は大きくため息をついた。やはり1人1人を洗い出すやり方は意味がない気がしている。いくら賃金が払われていると言っても、意味のない捜査をするのは苦痛だ。
「昔、俺は無差別殺傷事件の捜査をしたことがある」
「はぁ」
「無差別っていうぐらいだからな、犯人は手当たり次第に駅にいる奴らを滅多刺しにしたんだろうと思われていたが、実際は違った」
「どういうことです?」
「殺された中の1人に、犯人は明確な殺意を持っていた。つまり、犯人が殺したかった奴は1人だけなんだ」
「じゃあ、何で関係のない人達を巻き添えに?」
「1人殺すつもりが、騒がれて隣にいた奴を刺した。逃げようとしたら捕まりそうになったから刺した。逃げるルート上にいたから刺した」
「……」
「一種のパニック状態だな。そうやって包丁を振り回しているうちに、大勢の人間を殺しちまったのさ」
「犯人は一人のゆりあにものすごーく恨みを持っていて、その恨みが派生して同じ名前の人間も殺しまくっちゃったーとかですか? そりゃ、無関係に殺されたゆりあ達はたまったもんじゃないですねぇ」
「そんな馬鹿なと思うことでも、100%でなければ調べるべきだ」
「……っていうか」
宮田は伸び始めたラーメンを見てげんなりする。
「食事中に血なまぐさい話やめましょうよぉ」
「ごちそうさん」
カウンターに空の器を置いて、立ち上がる。
「はや!」
「いいデカになれるかどうかは、飯を早く食えるかどうかで決まるんだ」
「時代錯誤も甚だしいですよ!」
宮田は急いで麺をすすり、盛大に噎せた。
***
「こんにちは。お話伺いに参りました」
沙樹はそういうと柔らかな笑顔を浮かべ頭を下げる。
緊張した面持ちでドアを開けた
「すみません。わざわざお越し頂いて……」
今年40歳。薄めの化粧で、カールした長い髪は細く、優しそうな雰囲気を持っている。上品な白いニットと、緑色のスカートを履いていた。
「いえいえ、仕事ですのでお気になさらず」
用意してもらったスリッパを履き、リビングへ向かう。
2LDKの皐月のマンションは、外観は古めだったが中は綺麗にリノベーションされていた。白と茶を基調とした品のいいインテリアが部屋の統一感を出している。
沙樹は今日、業務課の仕事でここへ来た。先月までは調査官からの協力依頼で女子高生になっていたが、その任務も終わった今、溜まった仕事を片付けるのにてんてこ舞いになっている。
「こちら、もしよろしければ」
皐月は長い髪を一つに結んで、紅茶とクッキーをローテーブルに運んできた。
「ありがとうございます! わぁ、美味しそう」
業務課の主な作業は、簡単に言えば雑用である。データ班や捕獲班、強行班など、様々な班の橋渡しや、書類準備、より良い職場環境を作るために面接をしたり、新しい機器を導入するために試験運用をしてみたり……
(お父さんは、昔で言えば総務みたいなもんだなって言ってたけど)
業務班は仕事内容が多岐にわたるので、無限の中でも人数が多い。データ班はエリート揃いだが、業務班は人当たりが良く協調性がある人物が選ばれると聞く。その理由は、仕事内容の中に”市民からの聴取”というものがあるからだ。
「うわぁ、このクッキーおいしい。何が入ってるんですか?」
「シナモンを少し」
「へぇー、いいですね。私も料理は好きで結構作るんですが、お菓子は全然」
「私は逆です。いつもお菓子ばっかり。だから弟にはいっつも、しょっぱいもの作ってくれって怒られるんです」
強張っていた皐月の顔がほころぶ。
マニュアルには、聴取する場合は無駄なことは喋らず、要点を要領よく聞けと書かれているが、沙樹はそうは思わない。
(少しは仲良くなってからじゃないと、向こうだって喋りにくいもん)
皐月は、無限課の相談窓口に連絡をしてきた。その連絡を受けたのが沙樹である。
急を要するものではないが……と躊躇する皐月に、では会って話そうと持ちかけた。無限の通話記録は全て録音され随時チェックされているので、話しにくいと感じる相談者も多い。
(それって本末転倒よね。窓口の意味ないし)
沙樹は職場改善について考えながら、皐月と何気ない会話を楽しんだ。
「弟さんがいるんですね。いいなぁ、私は一人っ子なんです」
「え、えぇ……」
笑顔を見せていた皐月が、突如持っていたカップを置く。
「あの……どうかされました?」
「私が無限に連絡をしたのは、弟の事で相談があったからなんです」
消え入りそうな声だ。
「……」
沙樹はじっと待つ。彼女が話たいと思うまで。
「……あの」
皐月が口を開いた。
「私の弟は、アンドロイドと駆け落ちをしてしまったんです」
皐月の目から一粒、涙がこぼれた。
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