第24話 その後


「いやー悪いね。沙樹さん」


 宮田は頬杖をつきながら、一度とて使われたことのなかったキッチンで料理をしている沙樹を眺める。


 ここは宮田の部屋だ。左半身を物の見事に火傷して動きが取れない宮田のために、沙樹が手作り料理を振舞ってくれるのだという。


 宮田は普段から出前ばかりなので問題はないと言ったが、沙樹は承知しなかった。


(愛情たっぷりの料理をお見舞いしてやる。いや、愛情なんてないけど)


 ひき肉をフライパンで炒めながら、苦笑する。


「あ、そうだ。あの、助けに来て頂いてありがとうございました」


 そこの塩取ってよ、というぐらいの気楽さで感謝を告げる。


「え! いやぁ、正直あんまり助けたとは思えないっちゃ思えないけど……」


 宮田は、沙樹を助けに言ったはいいが即ノックダウンされ、亘に運び出されて病院に直行したという情けない記憶を思い出す。


「聞きましたよ。宮田さん、亘調査官が止めるのも聞かずに一人でダイナマイト持って飛び込んで来ちゃったんでしょ?」


 あえて父の事は亘調査官と呼んだ。いきなりお父さん呼びをするのは気恥ずかしかったからだ。


「えっとぉ、ま、まぁね。僕意外に熱血だからぁ」


(亘さん!言うなって言ったのに!!)


 通信が途切れた時、亘は宮田が飛び込むのは危険だと訴えた。そもそも宮田よりは沙樹の方が強いのを知っていたから、逆に宮田の方が危険だと冷静に判断したのだ。


(それでもなりふり構わず来てくれるなんて、結構いいところあるじゃん)


 だからこのお手製のハンバーグは、沙樹なりのお礼のつもりだ。


「あーあ、これで潜入捜査も終わりか」


 明日から通常業務に戻るのかと思うと、少し物悲しい。宮田に会う機会もほとんどなくなるだろう。


「久しぶりの高校生楽しかったです。色々ご迷惑おかけしましたが、ありがとうございました」


 手を洗ってエプロンを外す。宮田の目の前に手作りのハンバーグと炊き込みご飯を置いた。


「コスプレご苦労様でした!」


「コスプレっていうな!!」


 出来上がった料理を、宮田が口に運んだ。


「うま!」と驚く。


「ふふふ。でしょ?」


 向かい合って食事をする。

 宮田は不思議な気分になった。自分の家が自分の家じゃないみたいだ。


 こんなことは、ずっとなかった。


(いや、昔は……)


 記憶が蘇る。彼女、いや、人ではないアレとよくこうやってご飯を食べた。アレは食事をとる必要がなかったから、ご飯を食べる宮田の顔を飽きることもなくずっと見つめていたっけ。


「あの……」


 宮田は視線を感じて顔を上げる。


「そうやって見つめられると食べにくいんですが」


 あの時と同じ眼差しで、沙樹が宮田を見ている。


「我慢してください。自分の作った料理を美味しそうに食べる人を見つめるのは、作ったものの特権なのです」


「はぁ……」


 今日の沙樹は私服だ。袖部分に花の刺繍の入った秋物のワンピースを来ている。制服姿ばかり見ていたので、突然大人っぽくなった彼女を見て、宮田は動揺していた。


「そんなに見つめられると、そのー」


「なんですか?」


「照れるね。沙樹さん可愛いからー」


「え?」


 ふざけないでくださいと秒で怒られると思っていたが、沙樹は何も言わない。


「あれ? ツッコミなし?」


 見ると、沙樹の顔は真っ赤になっている。


「あ、あれれ?」


 それを見て、宮田も急激に体温が上がるのを感じた。


「いや、あの、冗談。冗談ね?」


「わ、わかってます!」


 なぜだか凄く睨まれてしまった。

 気まずくなって言葉を重ねた。


「あの、本当に美味しいです。ありがとう」


 沙樹も笑顔になる。


「いえ。宮田長官にはお世話になりましたので」


「なんか急に凄く距離感じるんだけど」


「当たり前じゃないですか? 私たちは同じ職場で働くだけの付き合いですし」


「でも側から見たら付き合ってると思われちゃうかもですよねぇ」


「はぁ? つ、付き合う!?」


「だってー、こんな可愛い格好した沙樹さんが、僕のために手作り料理を振舞ってくれてるんだから」


 にひひと笑う。

 沙樹はワナワナと口を震わせ、なんとか宮田を論破しようと頭の中をフル回転させているようだ。


 久しぶりに楽しい夜だった。ここに亘がいればもっと楽しいかもしれない。


(僕も、意外に寂しがりやだったのかねぇ)


 ふと、藤原千草が言ったという言葉が蘇った。


(愛する覚悟、か)


 宮田の頭の奥がズキンと傷んだ。

 

(僕にも覚悟があれば……もし、メルを信じ続ける事が出来ていれば、あの事件の結末も変わったのかも)


 宮田は自分の考えを打ち消した。


 ヒューマログが広まって、眼に映るものが真実だと誰もが信じているこの時代。眼に見えないものを見ようとするのは時間の無駄だ。


「あ、沙樹さん冷蔵庫からお酒とってくれます?」


「嫌です。自分で取ればいいんじゃないですか?」


 少しからかい過ぎたようだ。

 

 度数の高い酒を喉に流し込みながら、殺された日下部優里亞の事を考える。


 愛する人を待ちながら、あの駅前で、ただただ佇んでいた彼女の事を。


 

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