第23話 覚悟


 駆けつけた亘は、暴行の現行犯で宇野たちを逮捕した。


 そのまま宇野たちを病院に直行させ頭の中を開帳すると、脳の中に埋め込まれたヒューマログの一部が人為的に改造されていた。


 彼らには新たなヒューマログを植え付け、取り出したものは専門機関で調査される事になった。

 

 調査官はこれほどの改造を病院の機材もなくやってのけた”先生”と呼ばれる人物の行方を突き止めようと必死になったが、結局彼を見つける事は出来なかった。


「宇野たちはその先生とやらと連絡を取っていたんだろう? ならログを見りゃわかるんじゃねぇのか?」


 頭を強打されたため念の為入院していた沙樹の見舞いに訪れた亘は、隣にあるパイプ椅子に腰を下ろしながら言った。


「それが、先生ってずーっと、羊のお面をしてたの。声も変えてたし、わかったのは背格好だけ」


「……なるほどな。確かに、そんなヤバい奴が顔を見せてるわけねぇか」


 先生は背が低く、体つきを分析したところ男のようだった。羊の仮面に白衣を羽織り、この季節だと言うのに汚らしいビーチサンダルを履いていた。


「先生は定期的に開かれる交流会にやってきては、ログを上書きしたいって人からお金を取って手術をしてたみたい」


「あいつらはなんで、ログの上書きなんてしたんだ?」


「薬」


「はぁ?」


「ドラッグやってたのよ、あいつら」


「そんなもん、どこで手にはいんだよ」


「お金持ち学校に通う生徒って、結構売人のカモらしいよ。みんなでドラッグをやって、ログを上書きして帰るっていうのが通常の交流会なんだって」


 ドラッグは昔に比べて依存性も少なくなった。金持ちの生徒用に作られた薬は値段は高いが、一回飲むと1週間集中力が続きベストパフォーマンスが発揮できると生徒たちの間で話題になっているらしい。


 宇野は塾の先生経由でもらったその薬を飲んで挑んだテストが良い結果だった事から、この遊びにはまっていった。

 そして宇野に薬を渡した売人が連れてきたのが、先生だ。


 ドラッグを使う人々の中には、犯罪と常に隣合わせという輩もいる。その人達に「万が一ログを見られても薬の使用がバレないようにログを上書きしませんか?」と持ちかけ先生と引き合わせ、追加料金を取っていた。


 亘は難しい顔で頬をなぞる。


「でも、ログなんてもんは事件に巻き込まれた場合にだけ見られるもんだろ? 普通に生活していれば、見せる機会はそうそうねぇんじゃねぇか? それに、最悪閲覧を拒否すりゃ、別件で捕まらない限り見られる事はないだろ」


「普通はね」


 そう、ログの上書きは、本来アウトローに生きている人達用のオプションのようなものだ。本来宇野のような生徒たちには関係がない。しかし、あの時は違った。


 亘がひらめく。


「……半年前の生徒の自殺か」


「そう。あの事件は宇野たちは関係なかったけど、聖グランフール高校には調査官も出入りしてた。ログを見せてくれって言われる可能性もあったのよ」


 沙樹は枕元にあったお茶を飲んで一度喉を潤した。


「確かに閲覧を拒否すれば見られる事はないけど、1年生が数十人もこぞって拒否すれば怪しいわ。もしかしたら、生徒を自殺に追いやったのは君達じゃないかって、勘ぐられるかもしれないでしょ?」


「それで、先生を呼んだのか」


「そういう事」


 沙樹は大きく伸びをする。体を動かせない事がストレスだ。検査結果が出たら、すぐに走りに行きたい。


「ってことは、今回の事件は」


「そう。13人のゆりあ事件とは全然関係なかった」


 宇野たちが別件の犯罪に手を染めていたがために、話がややこしくなっていただけなのだ。聖グランフール高校に巣食う闇を排除できたのだから、結果的に良かったと思うが。


「日下部由利亞も薬を使ってたんだな」


「ううん」


 沙樹は首を振る。


「由利亞は薬を使っていなかった。あそこに行ったのは、個人的にログを上書きして欲しかったからよ」


「個人的に? なんか別にヤバいことでもやってたのか?」


「……」


 言葉が出ない。

 こればかりは、ペラペラと喋る事は憚られた。

 由利亞が最後まで守り抜いた秘密なのだ。


 退院したら、あの人に会いに行こう、と沙樹は思った。


 由利亞があの日、ずっとずっと待っていた、あの人に。


***


 待ち合わせ場所に行くと、あの日、由利亞の前についぞ現れる事がなかったが立っていた。


「来てくれたんだね」


 駅前のベンチに並んで腰を下ろす。少し肌寒い。枯葉がひらりと舞い落ちた。


「話って、何?」


「……日下部由利亞の本当のログを見たの」


 調査官ではない沙樹は本来ログを見ることはできないのだが、宮田がこっそりとデーターを渡してくれた。宮田曰く、出世していると色々融通が効くんだよ、との事らしい。


 由利亞のログから上書きされた部分を剥がすと、そこには彼女の淡い恋心が隠れていた。


 教室で一緒に喋りながらこっそり手をにぎりあったり、誕生日プレゼントにピンキーリングを貰ったり、殺される前日にホテルに行く約束をしたり。


「あの日、由利亞が待っていたのは恋人の貴方だったのね」


「……」


「千草ちゃん」


 藤原千草は、大人しく沙樹の横に座っている。


「ねぇ、どうして私に由利亞が好きだったのは宇野率だなんて嘘を言ったの?」


「……あんたがどこまで情報を持ってるのか知りたくて、釜をかけたの。最初、あんた由利亞の友達だって言ったでしょ。もしかしたら私の事喋ったのかもって怖くなって……バカね。由利亞が言うはずないのに」


「……千草ちゃんが待ち合わせ場所に来なかった事と、彼女が殺された事は関係ないよ」


「……」


 千草はうつむき、グッと体を前にたおしつつ、ため息を吐いた。


「怖気付いたの」


 ポツリと呟く。


「ホテルに行こうって、誘ったのは私。そろそろ一線超えたいなぁとか、思って。でも、当日になると怖くなった。もう戻れない気がした」


 千草は自分の手をじっと見つめる。


「交流会に参加すれば、ログが上書きできるっていう噂を聞いて、由利亞と一緒に参加したの」


「貴方たちは、何も悪いことをしていないのに?」


「……悪いこと、ではないかもね。でも、知られたくはなかった。調査官にも、誰にも、見られたくなかった」


 同性愛は昔に比べて理解も深まり、風当たりも弱くなった。だが当事者に、しかもまだ若い高校生にとっては、バレることはとてつもない恐怖だったのだろう。


「覚悟がなかったの」


 消え入りそうな声だった。


「あの子を愛する、覚悟が」


 由利亞は恋人を愛していた。それはログを見れば自然とわかった。

 ホテルに行こうと約束をした日、現れなかった彼女を恨んでもいなかっただろう。


 由利亞に次の日がもし来たのならば、なんて事はない出来事で終わったかもしれない。由利亞は千草を許したかもしれない。もしかしたらこれがきっかけで別れたかもしれない。その数年後には誰か他の人を好きになったかもしれない。いつか大人になって、笑いながらあの日の事を話せたかもしれない。


 だが、彼女に明日は来なかった。


「千草ちゃん」


「ちゃん付けすんなって、なんども言ってんだろ。バカ」


 千草の震える肩を、沙樹はそっと抱き寄せた。

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