第22話 先生

「隠しカメラ。持ってるでしょ?」


「いや……」


 後ずさりした沙樹の肩を宇野が掴む。


「君は僕のクラスメイトだ。仲良くしたいと思ってるし、ちゃんと信頼関係を築きたい」


「信頼?」


「そう。互いがお互いを信じられなければ、秘密はあかせない」


 危ない予感もあった。だが、ここでひいては今まで頑張ってきた意味がない。


「わかったわ」


 襟の裏についていた超小型カメラを取り宇野に渡す。


「ありがとう……これで、僕も君を信じられる」


 カメラを隠し持っていた私を信じる? 沙樹は笑いそうになった。


「えぇ、そうしてちょうだい」


 沙樹は部屋の中央まで足を進めた。

 宇野がカメラを床に落とし、靴で踏みつける。


「あら、宇野くん。壊しちゃってよかったの? 先生が見たいって言ってなかった?」

 

 未知瑠が尋ねる。


「あぁ、しまった。忘れてた」


 宇野は靴の下で粉々になった小型カメラを拾い上げると、未知瑠の方に渡す。


「まぁ、この状態でもいいだろ。先生は、中身を見るのが好きだから」


 全員が入った事を確認すると、千草が入り口のドアを閉めた。重厚さを感じさせる、重い音がした。


 今の自分にできることは、できるだけ多くの情報を集めること。そして、無事にここを出る事だ。


「先生って誰のこと?」


 沙樹は冷静さを装って訪ねた。


「僕らが凄くお世話になってる人さ。ちなみに、このアプリも先生の発明品」


 宇野がワークアームを操作すると、空中ディスプレイが浮かび上がった。サーモグラフィーのように全体が真っ青な映像だ。小型カメラのある場所だけが、赤い色を帯びて点滅していた。


「なるほど、それで私がカメラを持っていることがわかったのね」


「そうそう。すごいだろ?」


「先生は、貴方達のログの上書きもしている?」


 宇野が目を見開いた。


「へぇ、そこまで知ってるんだね。谷村さんは無限の人って事でいいの?」


「えぇ、その通りよ」


「なんだか随分ペラペラ喋るんだね」


「私たちは信頼関係で結ばれてるからね」


 宇野がクスクスと笑う。反面、周りを囲む生徒達は皆神妙な面持ちだ。


 ここまで来たら、下手に隠し立てするのは意味がない。

 なるようになれ、と言う気持ちだ。


「じゃあ、もしかして谷村さんは高校生じゃないのかな?」


「そう。こう見えてハタチ過ぎよ」


「あ〜、それは残念」


 大げさに顔をしかめる。


「どう言う意味?」


「だって、若い方が需要があるからさ」


「は?」


 横にいた名前も知らぬ男子生徒が動く。


「!」


 蹴りが、沙樹の腹に入った。


「ぐっ」


 蹲る。息ができない。


 未知瑠は後ろ手に持っていた物を構えた。


「ごめんね」


 沙樹の脳天めがけて、ハンマーを振り下ろす。


「ぐっ!」


 意識が朦朧とするが、気を失うわけにはいかない。

 ヌルヌルと生暖かいものが頬をつたり、床に流れた。


「私を、殺すつもり?」


 目だけを動かし、宇野を睨む。

 気味の悪い薄ら笑いが見えた。


「僕は君を殺さない。敵は排除しない主義なんだ。一番平和な解決方法はね、仲間を増やす事。それ以外にはない」


「仲間? 私が、あんたの仲間になる、とでも?」


 頭が割れるように痛かった。脳天から顔全体が、ドクンドクンと脈打つ。


「約束しよう。事が終わったら、君は僕の仲間になりたくてしょうがなくなるよ」


 嫌な予感がする。

 

「さぁ、やれ」


 ナイフを持った千草が、沙樹に向かって一歩一歩、近づいてくる。

 その手は小刻みに震え、全身に広がる。カチカチと歯が合わさる音がかすかに響いた。


「千草ちゃん」


「……」


「あぁ、またちゃんづけしちゃった。ごめんね」


 千草の耳には入っていないようだ。


「あ、あんたが悪いんだからね」


 沙樹の髪を掴み、そのまま後ろに押し倒される。

 後頭部が地面にあたり、あまりの痛さに意識が飛びかけた。


「由利亞のこと、探ろうとするから」


 ナイフを持ち、振り上げ……


「!」


 沙樹の来ているニットを切り裂いた。


「な、にを」


 薄いピンク色のブラジャーが露わになる。

 

「死んでもログを見せたくないって気持ちにさせてやるよ」


 宇野が笑う。


「ばかじゃない? これが、あんたの計画?」


 目に頭から伝った血が入る。顔をしかめながらも沙樹は気丈だった。

 曲がりなりにも無限に勤める人間だ。恐怖に支配されて泣きわめくわけにはいかない。


「大丈夫。終わったらすぐに先生を呼んでやるよ。ログを上書きするには30分くらいかかるけど、そんなに大それたものじゃない。そうだな、プチ整形するくらいのもんだと思えばいいさ」


 宇野が沙樹の上に馬乗りになる。男子生徒が、古ぼけたビデオカメラで動画を撮り始めた。


「自分が襲われるところを調査官みんなに見て貰いたいなら、それでもいいさ。俺たちのことを告発してみんなにログを見てもらえよ」


 グッと、宇野の手が沙樹の下着にかかる。


 その瞬間、


 ドカン!!!


 耳をつんざく爆発音が響いた。


「なんだ!」


 重厚なドアが、ひしゃげた形に変化している。

 蝶番の外れたドアが静かに開き、その先に見えたのは……


「宮田、さん」


 半分焦げたように炭をつけた宮田が、笑顔で立っていた。髪がいつも以上にチリチリになっている。


「はーい、そこまでぇー」


「宮田先生!」


 未知瑠が悲鳴のような声をあげる。


「おいおい、交流会ってこう言う事? これは先生としては見逃せないなぁ」


「……」


 真っ青な顔をした宇野が、ワナワナと体を震わせながら沙樹から離れる。


「お前も、まさか」


「そのまさかー」


「チッ!」


「宇野率、等々力みちる、藤原千草、あと、えっと名前知らないけどそこの2人。大人しく外に出ろー。先生怒ってるぞー」


「……藤原!」


宇野の呼びかけに、放心していた千草の体がビクンと動いた。


「もういい! あいつを殺せ!」


「で、でも」


「殺すのは流石にまずいんじゃ」


 未知瑠の顔も蒼白だ。


「いい! ログを上書きして、死体を見つからないように処理すればどうにかなる! 先生に頼めば、全部うまくいく!!」


 千草がナイフを構え直した。目の焦点があっていない。


「バレたら全員終わりだぞ! それでもいいのか!」


 千草が涙目になりながらナイフを下ろした。


「わ、私は大した上書きはしてない。宇野たちとは違う」


「お前!」


 宇野が千草の肩を掴んでゆすぶった。


「ログの改ざん自体が違法だ! 捕まってもいいのかよ!」


「でも……だって」


 千草が泣き出した。宇野はその手からナイフを奪う。


「おい! 田中! 松谷! お前ら、そいつを捕まえてろ!」


 今名前がわかった男子生徒二人が、宮田に殴りかかった。


 めちゃくちゃに振り回した拳が、これまた見事なまでに宮田の頬にクリティカルヒットする。


「ぐふっ!」


 後ろにふらつく宮田。そのまま後頭部を壁に強打し、倒れた。


「え……よわ」


 あまりの呆気なさに、未知瑠が驚愕している。


「は、ははは。なんだよ、びっくりさせやがって」


 ふらふらと、宮田に近づく宇野。


「調査官って、こんな弱くてもなれんだな」


「それは人それぞれ」


 後ろから声が……


「え?」


 宇野のこめかみめがけて、跳躍した沙樹の膝蹴りが命中する。

 ドッと倒れる宇野。

 投げ出されたナイフを足で止めた沙樹はそのままクルリと体を回転させると、手刀で未知瑠の持っているハンマーを叩き落とす。


「その人は弱いけど、私は違うから」


 そう言いながら、目に入った血を拭った。


 

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