第21話 交流会

 木枯らしが吹く朝、沙樹はできた朝食を亘の前に置いた。毎朝父の自宅により、一緒に朝ごはんを食べてから出勤することが日課になっている。


「メッセージの事、宮田には言ったのか?」


「うん。小型のカメラを用意するから、潜入してきてくれって言われたよ」


「そうか。交流会が何を意味するのかは、まだわからないんだろ?」


「聞いてみたけど、単なるクラスの親睦を深めるための会だって言われた」


「そうか……とにかく、気をつけろよ」


「わかってるよ」


 父の引っ越しを手伝っていた時、「昼飯を食べるぞ」と言って出してきたものが揚げ物てんこ盛り&野菜なし、だった事に驚いた沙樹は、その後出来るだけ栄養のある料理を父に提供する事に決めた。


 そもそも無限の中には安く栄養管理も満点な社食があるのだが、無限で働いていても調査官嫌いは治っていないらしく、亘は頑なに食べようとしないのだ。


(全く。年寄りってどうしてこうも頑固なんだろ)


 ため息をついた沙樹に、亘が声をかける。


「沙樹、宮田の野郎になんか変な事されてないだろうな」


「えっ……」


 未知瑠との件を思い出し口ごもってしまう。


「さ、されてるのか!!!」


 父が凄い形相でたち上がった。


「違う違う! されてないって」


 宮田がいい感じになっている女子高生がいるという事をチクってやろうかと思ったが、二人の信頼関係をバキバキにしてしまいそうなので我慢した。


「いいか、何かあったら俺に言うんだぞ」


「わかったってば」


 そう言えば私、亘夢路の娘だって言ったっけ? まぁいっか。


 沙樹は出来上がったパンにかぶりついた。


***


「交流会が何を示すのかは謎ですが、十中八九、ログの上書きに関する件だと思います。いやぁ、向こうから情報が入ってくるなんて、なんてラッキー!」


 宮田はニヤニヤと満足そうに笑う。

 交流会の場所は、普段塾として使われている古い建物だった。その塾は宇野の親が経営しており、地下がパーティー会場となっている。


 開始時間は夜の6時からとの事なので、授業が終わった後に集まるのだろう。


「入口は僕が、裏口は亘さんっていう顔がものすごーく怖いおじさんが見張ってるから安心してねー」


「はぁ」


 あぁ、やっぱり私お父さんの名前言うの忘れてたんだな、でも今言うのはタイミング悪いみたい……と沙樹は思う。


「亘さーん。そっちはいいですかぁ?」


 ワークアームが繋がり、亘の映像が映る。


「あ、おぉ」


 亘はオニギリを頬張りながら答えた。


「あ! またなんか美味しそうなの食べてるじゃないですか! ずるい!!」


 宮田はおにぎりを凝視する。あれは炊き込みご飯だ。随分美味しそうじゃないか。


「なんだよ。交流会が始まるまでには、まだ時間があるだろ」


「まぁそうですけど……」


 宮田は文句を言いながら通話を切る。腕を組み壁にもたれかかった。


「……」


 ぐーっと腹が鳴る。


「お腹すいたんですか?」


 沙樹が訪ねた。


「今まで平気だったのに、さっきのオニギリ見たら急にお腹すいちゃった」


「はぁ」


(なら、宮田さんの分も作ってきてあげればよかったなぁ)


 宮田は人の手作りが好きじゃなさそうだと勝手に判断して、持ってくるのをやめたのである。


「ああ言うさ、なんか、愛情いっぱいって感じの料理、随分食べてないな」


「え?」


「ううん。なんでもー」


 そう言うと、宮田はワークアームで何かを調べ始めた。

 沙樹の頬が自然と上がる。


(愛情いっぱいの料理、か)

 

 それは料理がうまい、と言われるよりも何倍も嬉しかった。



 数分後、宮田が沙樹の肩を叩く。


「来たよ。ターゲット」


 数人を引き連れて、宇野が階段を降りていく。


「じゃ、頼んだよ。沙樹さん」


「はい。承知しました」


 敬礼をして、階段を降りる。

 階段の下は薄暗い。

 何か大きな動物の洞穴に入っていくような気分だった。


***


 沙樹がドアを開けると、一斉にいくつもの眼が彼女を射抜いた。


(うわ。怖っ)


 自分は皆から警戒されているらしい。無限の職員だという事がバレたのか?


「お疲れー。あ、これ土足のまま入っちゃっていいのかな?」


 異様な空気に少しも気がついていません、というように笑顔でクラスメイトに向かって声をかけた。


 皆が一斉に、貼り付けられたように笑顔になる。まるで笑顔の仮面を同時につけたかのようだ。


「沙樹ちゃん! 待ってたよー。こっちこっち!」


 私服姿の未知瑠が沙樹を手招きした。


「よかった。来てくれたんだ」


「うん。あの、この交流会って……」


 沙樹の口を、未知瑠が人差し指で塞ぐ。


「その話は後で。ね?」


「う、うん」


周りを見渡すと、全員1年生だった。見知らぬ顔もいる。それぞれ飲み物を片手に談笑していた。まるで立食パーティーのようだ。


「ここはね、うちの父親が持ってるビルなんだけど、使っていない時は自由に使わせてくれるんだよ」


 宇野はそう言うと、沙樹にグラスを手渡した。


「まさか、お酒ってことはないよね?」


「ははは。あるわけないじゃん。そんなバカな事しないよ」


 人生を約束されたおぼっちゃま、お嬢様には、大人ぶって酒を飲むようなバカな真似はしないようだ。沙樹は液体を一気に飲み干した。冷たくて美味しいオレンジジュースだった。


 すぐに周囲を満遍なく観察する。特に変わった様子はないし、さっきのんだオレンジジュースも変な味はしなかった。まさか、本当にただの交流会?


そう思った、その時


「ねぇ、ちょっと付き合ってよ」


「え?」


 沙樹の前に、藤原千草が立ちふさがった。


「千草ちゃん」


「ちゃん付けはキモいって、言ったでしょ」


「あ、ごめん。そうでした。藤原さん、付き合うってどこに?」


「こっち」


 奥に通じる廊下を、千草は沙樹の手を引きながら歩く。


「どこにいくの?」


「あんた、これが本当にただの交流会だと思ってる?」


「……違うの?」

 

 突き当たりに到着すると、千草は沙樹の手を離した。


「あんた、本当は無限の調査官なんでしょ」


「え? 私が?」


 動揺を少しも見せないように答える。


「いやいや! 何か誤解してるんじゃないかな。どうしてそう思うの?」


 沙樹の後ろから、声が聞こえる。


「お前が言ったんだろ。『日下部は誰かを待っていたのに、待ち合わせをしたログが見つからない』って」


 振り向くと宇野と未知瑠、そして数人の同級生がいた。

 退路を塞がれたようだ。


「そんな事言ったかしら?」


「お前はバカだから覚えてないかもな。ログで確かめてみればいいさ」


 沙樹は冷や汗が止まらない。


(あー! 言ったの? 言っちゃったの、私!? バカすぎじゃん! どうしよぉ)


そもそも沙樹は潜入捜査をやれるような人間ではないのだ。すぐに顔に出るし、わりかしおっちょこちょいだし。


「聞き間違いじゃない?」


「ふーん」


 宇野が近づいてくる。息のかかるところまで、ゆっくりと


「何する気?」


 沙樹は拳に力を込めた。いざとなれば力づくで……


「日下部由利亞が誰を待っていたのか、教えてやる」


 宇野の余裕な顔が沙樹を見下ろした。


「裏がありそうね」


「何もないよ。さぁ、こっちだ」


 行き止まりだと思っていた壁をすり抜けて、その奥に宇野が入っていく。


(この壁、プロジェクションだったんだ……)


 壁にしか見えなかった。無限が使う捜査用のプロジェクションよりも精度が高い。これほどの技術を持っている人間が裏に潜んでいるのだろうか。


 壁の奥には、コンクリートがむき出しになった通路が続いていた。

 間接照明が沙樹たちの身体をぼんやりと照らす。その先は、15畳ほどの真四角の部屋に続いていた。


「さぁ、着いた」


 宇野と千草、未知瑠、あと名前も知らぬ同級生が2人という順で部屋に入る。

 沙樹も続こうとすると、


「待って」


 未知瑠が制した。


「何?」


「沙樹ちゃん、隠しカメラつけてるよね。それ、外してくれない?」


「……え?」


 ドクン、と沙樹の心臓が波打った。

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