第19話 秘密の園
「あの転校生が、日下部の事について探ってる」
「まさか、バレたのか?」
「いや、誰も言うはずない。あのことがバレたら、全員の身が危うくなる」
「そ、それもそうか」
ここは、特定のIDがなければアクセスできないバーチャルチャット空間。
それぞれのアバターを操る生徒たちが会話をしている。
宇野のアバターが全員に話しかけた。
「で、日下部は俺の事が好きだった、とか言う嘘をあの転校生に教えたのは誰だよ」
アバター達の動きが止まる。誰も、何も発言できない。
「ふざけんなよ。そんな嘘ついて、何の意味がある?」
宇野はクラスの中でも、このバーチャル空間の中でも、王として君臨している。皆が萎縮していた。
「ねぇ、あの転校生、無限の関係者って事はないのかな?」
場が騒然とする。
皆、日下部が殺されてから不安と常に戦っているのだ。
何人が画面の前で泣き出しているだろうか。
「それはない」
宇野は皆にそう強く語りかけた。
「調査官はログを見るだけの仕事だ。それ以上こちらに接触してくることはあり得ない」
端然とした宇野の態度に、皆徐々に元気を取り戻す。
「そうだよね」
「うん。もう事件から1ヶ月近く経ってるんだし」
「今更調査なんてあるはずないよ」
皆、自分に都合の良い方の情報を信じる。
宇野は沙樹が「ログ」と呟いた事を皆に伝えるつもりはなかった。ここでパニックが起こって誰かがあの事を喋ってしまえば、全てが終わる。
「大丈夫。みんなは今まで通りにしてくれればいい」
アバターを笑顔に変更すると、皆合わせたように同じ顔を選択した。
だが画面の前の宇野はかけらも笑っていなかった。クリックひとつで自分の心を操るのだから、ネット世界は気が楽だ。だがその反面、この世界には真実など何もない。
「宇野くん。あの、”交流会”はどうするの?」
フワフワな服に身を包んだ未知瑠のアバターが遠慮がちに聞いてきた。
「交流会は予定通り行う。希望者はいつもの場所に集まってくれ。僕が手配をしておく」
その言葉を最後に、チャットは終了した。
「ふー」
ディスプレイを閉じた宇野は、ぐっとチェアに身を投げ出した。
チャットに参加したクラスメイト達のログイン情報を確認し、欠席者がいないかどうかを確認する。
(藤原千草がいない)
あいつ、最近言動がおかしかった。まさか、あの秘密を喋ったんじゃないだろうな。ふと不安に苛まれたが、すぐに打ち消した。
(言うはずない。これがバレて困るのはあいつも一緒だ)
弱みがある千草も、目に見えるものしか信じない調査官も、恐れる必要はない。
***
亘はムシャムシャと美味しそうなお弁当を食べている。
時刻は13時すぎだ。
「美味しそうですね」
宮田はデバイスを操作しながら、お弁当を横目で見る。
美味しそうな里芋の煮っころがしが見えた。
「お腹すいてきたなー」
「そうか。じゃあお前も昼を買ってきたらどうだ?」
わけると言う発想はないらしい。
宮田はふくれっ面でお弁当を注文する。
この弁当だって誰かのお手製ではあるけれど……
(亘さんが食べてるみたいなお弁当が食べたかった)
亘の家には、ちょくちょく娘が遊びにきているらしい。ついでにお弁当まで作っていくんだから、親子仲はいいようだ。
(娘ねぇ)
さぞかし眼光鋭く気の強い女性だろう。
そんな事を考えながらログを検索していると、該当部分のログが見つかった。
拡大してみる。
「なるほど、これは変ですね」
「だろう」
宮田の部屋で見ているのは日下部のログだ。
殺される3日前、何気ない勉強の風景である。
「この日は1日中雨が降っていた。風も強かった。なのに見てみろ。窓の外は快晴で、風の音もしない」
宮田は勉強している日下部のデータをスキャンすると、エアキーボードを表示させ数式を打ち込む。
「何やってんだ?」
「この勉強風景、なんか見た事ある気がして」
腕の位置、手の動き、ノートの置き場所……デバイスがその形状を取り込み、ログと照合する。
ピピっと照合が終わる合図。
空中ディスプレイに、勉強をしている日下部の映像がいくつも並んで表示された。
亘は眉間にしわを寄せる。
「これは?」
「ログの中から、全く同じものを抜き出してみました〜」
「日下部は家でよく勉強してんだな。感心だ」
「そこじゃないです!」
「なんだよ」
「日下部この表示されている日に、全く同じ角度、同じ動きで勉強しています。こんな事はあり得ない」
「つまり?」
「つまりこれ……同じ映像が貼り付けられてるんです」
どういう事だ? ログを改ざんした? いや、こんな事あるわけ……
宮田は自分の信じていたものが根本から崩れ去ったような虚無感に襲われる。
「これはやばいですよ」
宮田が呟く。
「どうしたんだよ。真っ青な顔して」
「だって、ログの改ざんなんてことが起きたら……」
須藤アサギの事件とは比べ物にならない。今までヒューマログで扱ってきた事件全てが、証拠としてきたもの全てが、信頼できなくなってしまう。
宮田の頬から、汗が吹き出した。
「昔もこんなことはあったぞ。防犯カメラを元に捜査していたのに、そのカメラ自体が同じ映像の使い回しだった、とかな。それは犯人の小細工だったが、その時も俺が気づいたんだ」
昔の事を懐かしく思い出している亘が、自慢げに言う。
「ほんと、今回もよく気がつきましたね、亘さん」
日下部のログは勿論宮田も見ていたが、何もない勉強シーンなど気にもとめていなかった。
「刑事の仕事は、忍耐だ。何にもないと思われている所からヒントを探しだす。昔は足を使ってドブの中まで探った。同じくログも隅々まで調べたんだ」
亘が女子高生のログを隅々まで見ているところを想像すると、それはそれで問題がある気がしたが、勿論口には出さなかった。
亘はしばし考えて、尋ねる。
「……宮田、俺が調査官としてその、ログ閲覧許可書ってやつを取る事はできるのか?」
「はい。できますけど」
「じゃあ、やり方を教えろ」
「誰のログをとるつもりですか?」
「全員だよ」
「は?」
亘は丸々2週間をかけて聖グランフール高校全員のログ閲覧許可を取ってきた。
皆、調査官からの依頼と聞くと二つ返事で許可を出したと言う。
洗い出すと、同じくログを上書きしている生徒が何人か見つかった。その数は合わせ36人。全てが聖グランフール高校の1年生だ。
昼寝をしたり、勉強をしたり、漫画を読んだり、皆一人で何かをしている時の画像を使い、ログを上書きした形跡がある。
「となると、日下部が誰とも約束をしていないのに誰かを待っていた理由も説明できますねぇ」
宮田は、執念深く全員のログを集めてきた亘に若干引きながら考えた。
教師や2年、3年にログを上書きをした者が見られなかった事から、これはグランフール高校の1年生にだけ与えられた特権のようだ。
「この中に、ログを上書きすることができる人間、もしくは上書きすることができる人間と繋がっている奴がいるはずだ」
それを探すのは、と亘が宮田をギロリと睨む。
「わかってますよぉ。僕の仕事でしょ?」
下手なウインクをして見せたが、下手すぎて目にゴミが入ったのかと心配されてしまった。
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