第18話 待ち人


「あんただよね? 日下部の事聞き回ってるっていうのは」


 話を聞かれた? 屋上に続く踊り場で沙樹は固まる。


(こんな所で話していたなんてお父さんに知られたら、怒られる)


 自分の未熟さを実感した沙樹は、ため息を吐きながら答える。


「そうだよ。えっと、貴方は同じクラスの……」


 髪を赤茶に染めて、両耳に合わせて6つ以上のピアスをつけているこの子は、


「藤原千草」


「あ、そうそう。千草ちゃんね」


「ちゃん付けやめてよ。キモイ」


 明らかな敵意を向けられて、沙樹の顔が笑顔のまま固まった。全員自分より年下なものだから、無意識のうちにちゃん付けしてしまうのだ。


「ごめん、千草」


「なんでもっと距離詰めてきてんのよ! 苗字で呼べ」


「あ、はい」


 この格式高い学校でも、こんなキャラがいるのか……と、沙樹は不思議な気持ちになる。だがよく見たら制服は学校指定のもので着崩してはいない。上履きも綺麗に履いているし、化粧は程よい感じで派手ではない。髪とピアスの印象でビックリしてしまったが、所詮お嬢様学校の不良という所だろうか。



「……日下部の事について調べてたでしょ。あんた、あいつの何なの?」


「何と言われましても、えっと、友達、かな」


 千草が、疑わしそうな目で自分を見ている。


「藤原さん、もしかして日下部さんの事で何か気になることでも……」


「そ、それは」


 これは明らかに何か知っている。そう勘付いた沙樹は、切り出す。


「私はね、友達である由利亞の死の真相が知りたいの。お願い、何でもいいから私に教えて」


 千草の顔が引きつった。

 怒りに震えた目で、沙樹を睨む。


「真相ってなに? 学校内に日下部を殺した犯人がいるとでも?」


「それはわからない。でも由利亞は殺された日、誰かをずっと待っていたの。その相手が、何か知っているかもしれない」


 沙樹はログを見せてもらってはいないが、あの日、由利亞が誰かを待っていたらしい、という情報だけは聞いていた。


「ねぇ、藤原さん。由利亞は誰を待っていたのかな?」


「……」


 何か言葉を探すように、千草の口が開こうとしては閉じるを繰り返した。


***


「で、藤原千草から聞き出した情報なんですけど……あ」


 カランカランと音がしたので客が入ってきたのかと思ったら、配送ロボットが荷物を置きにきただけだった。


「宮田さん。本当にこんな所で捜査報告していいんですか?」


 沙樹は声を潜めて、美味しそうにコーヒーを飲む宮田を見る。


 ここは以前あの連続殺人者・須藤アサギが働いていたといういわくありげな喫茶店だ。宮田への報告は通話で大丈夫だと思っていたのだが、「ちょっと行きたい場所があるから、付き合ってよ」と言われてここに呼び出された。


「っていうか、私この喫茶店怖いんですけど」


「あれ? 沙樹さんって幽霊とか信じちゃう系?」


「信じてませんけど……普通に嫌でしょ、なんか」


 ここで何人もの人間が須藤アサギのターゲットになったのだ。怨念かなんかが染み付いていそうな気がする。


「女子ってそういうとこあるよねー。理屈に合わない考えを持ちがちっていうの? ここで働いてた子が連続殺人者だったのと、このお店のコーヒーが美味しいっていうのは何一つ関係ないってのにさ」


 沙樹はイラっとして宮田に顔を近づける。


「今の時代、男だとか女だとか持ち出すのはナンセンスですよ」


「は、はい。すみません」


 この迫力、どこかで感じた事がある気がする……宮田は怯えながら考えたが、答えが見つかる前に追加注文したコーヒーゼリーが運ばれてきた。


 運んできた中学生くらいの女の子が、沙樹をみて驚く。


「お前、彼女できたのか?」


「違う違う。僕たちは身体だけの関係だよ」


「え!!」


「ちょっと!」


 沙樹は思いっきり宮田の頭を叩いた。


「いた!」


「調査官ともあろうものが、こんな子供に公開セクハラなんて何考えてんの!?」


 可哀想に、女の子は真っ赤な顔でブルブル震えている。


「ごめんごめん。早苗さんにはまだ早すぎたかな〜?」


「バ、バカにすんなよ!」


 女の子はバン! とメニューを置くと踵を返しキッチンに入っていった。


「沙樹さん。あの人ね、実は君より年上だから」


「え! 嘘でしょ!」


 聞くと彼女は現在25歳で、宮田行きつけの居酒屋に勤める店員さんらしい。


「海外留学のためにお金を貯めてるとかで、楽なバイトがあったらもう一つ増やしたいっていってたからさ、紹介してあげたんですよ。ほら、この喫茶店例の事件のせいでめっちゃ客減ってるし、楽かなーと思って」


 声を潜め、沙樹の耳元に呟く。

「あ、でも早苗さんには毒殺事件の事はNGね」


「なんでよ」


「あの子怖いのダメだから」


「じゃあなんで誘ったの!?」


「面白いから?」


 こいつ好きな子は虐めちゃうタイプか?

 沙樹はゾワっと鳥肌を立てた。





 藤原千草は、日下部由利亞が待っていたのは恐らく彼女が好きだった”宇野率うの りつ”という男子生徒だろうと話してくれた。宇野は由利亞の幼馴染で、クラス長も勤める優秀な生徒らしい。


「宇野か。ログを洗っていたら何回か出てきたな。確かに親しそうだったけど、付き合っているような会話はなかった気がしますね」


「え? 宇野の事知ってるんですか?」


「クラス名簿見せてもらったから」


「……」


 同じく沙樹もクラス名簿をもらっていたが、正直まだ顔も名前も覚えられていない。宮田の記憶力に驚いた。


(この人、案外すごい人なのかも)


「じゃあ沙樹さん、今度は宇野に聞き込みしてみてよ」


「はい。わかりました」


「いやー、頼りになるなぁ! ささ、今日は僕のおごりなんで、どんな飲み物でも頼んでくださいねー」


 メニューを開きドヤ顔の宮田。


(飲み物以外はダメなのね)


 この人は金にもうるさいらしい。

 沙樹の宮田への評価がまた一つ下がった。


***


 

「日下部が俺のことを?」


 次の日、呼び出した宇野率は端正な顔を歪めて、その後笑った。


「いや、全然気づかなかったなぁ。アイツとは幼馴染だけど、高校に上がってからは全然喋らなかったし」


「告白とかは?」


「されてないよ」


「日下部さんが亡くなった日、その日に待ち合わせをしていた人を探しているんだけど、あなたじゃない?」


「違う違う。約束なんかしてないよ。僕は彼女がいるし」


「そっか」


 しばし考える。また捜査が振り出しに戻ってしまった。


「おかしいなぁ。誰かと待ち合わせをしていたのに、約束をしたログが発見できないなんて」


 沙樹は誰にともなく呟いた。


 その言葉を聞き、宇野の眉毛がピクリと動く。 


(こいつ、いまログって言ったか?)


 宇野の目の奥が暗く光った。

 





 

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