第17話 潜入捜査

 真新しいスーツに袖を通す宮田。横には、セーラー服姿の沙樹がいる。


「あれ? 宮田さんは高校生じゃないんですね」


「流石に厳しいでしょ」


 いくら童顔だと言っても宮田は今年30歳だ。高校生には無理がある。


「私だって厳しいですよ!」


「いやぁ」


 沙樹の胸元を見て、


「大丈夫じゃない?」


 沙樹は本能的に怒りを覚えた。


「調査官の人って、結局宮田さんだけなんですか?」


「そうそう」


 亘は学校の事務員として潜入させようかと思ったのだが、常日頃立っているだけで人に圧をかけるあの眼光が原因で学校側から拒否されてしまった。


 目の前には重厚に作られた門。中には噴水やらチャペルやらが設置され、蔦のからまる校舎のてっぺんには、大きな鐘がある。


 私立聖グランフール高校。

 全国から箱入りのまま出荷されたお嬢様・おぼっちゃまが通う高校だ。今でも”ごきげんよう”が主たる挨拶であるというのだから驚く。


(潜入捜査で新しい情報は得られるのかねぇ)


 ログからでは発見できない真実を見つけ出すのが潜入捜査の目的であるが、宮田的には単なる時間潰しにしか思えなかった。こんな事で13人のゆりあ事件の尻尾がつかめるとは思っていない。


(でも働いていれば給与がもらえるんだから、社会人はいいよね)


 しかも若い女子高生と一緒に居られるというなら、こんなに素敵なことはない。


「沙樹さん。こんなのに付き合わせてごめんねー」


「いいですよ。調査官の捜査に協力するのは、業務班の仕事の一環ですし」


 そういうと、沙樹はニヤニヤと笑い出す。


「それに私! 本当は聖グランフール高校に入りたかったんです。この蔦の絡まる校舎! 葉っぱ一つ落ちていない綺麗な噴水! 行き交う上品な男女! そして可愛い制服!」


 沙樹はくるりと身軽に一回転して、制服の肌触りの良さに頬を緩める。


「サイコー!」


「そりゃ、喜んでもらえてよかったですー」


 宮田は教師として入り込む事に成功したが、やはり同級生の話が聞き出せる者が欲しかった。


 なので無限の中から適当に探す事にした。

 沙樹に声をかけたのは全くの偶然で、社交性がありそうで若く見える女性ならば誰でも良かった。


「じゃあ、これからよろしくねー」


「はい。こちらこそ」


 笑顔で握手を交わし、沙樹は教室へ、宮田は職員室へとそれぞれ持ち場に向かって歩き出す。


 この時点で、宮田は沙樹が亘の娘であることは知らなかった。

 聞けば教えたし調べればすぐにわかったのだが、沙樹を一時の聞き込み要員としてしか見ていなかった宮田は、正直沙樹の事などどうでも良かったのだ。


(陽キャは苦手だ)


 駆け足で教室に入っていく沙樹をみて、宮田は思った。


***


「沙樹さん。私、等々力未知瑠とどろきみちるというの。よろしくね」


 1年C組の教室内。

 朝の会が終わると、沙樹の前に座った女性がくるりと後ろを向いた。


「未知瑠ちゃんね。よろしく」


「今時転校なんて珍しいわね」


「あはは。ちょっと、前の学校が合わなくて」


「あ、そうなの」


 まずいことを聞いたと思ったのか、みちるは少し気まずそうに口をつぐんだ。


(さて、私もそろそろ仕事しないとね)


 沙樹はみちるに向かって顔を近づけた。


「ねぇみちるちゃん。日下部由利亞さんって……」


 ビクッ!


 みちるの顔が驚きに満ちる。サッと体を沙樹から離した。


「あ、ごめんなさい。私用事を思い出したわ」


 明らかな嘘をついて、みちるが席を立つ。


 声が聞こえてしまったのだろう。周りの生徒たちの視線が、沙樹に突き刺さった。


(……やばいな)


 出来るだけ注目されずに聞き込みをしろと言われていたが、早速注目の的になってしまった。


(私、お父さんと違って刑事の才能ないのかも)




 宮田は授業を終えると、校舎裏の一角に腰を下ろした。

 授業はほとんどプログラミングされているので、宮田はそのプログラムに合わせて進めるだけで良い。楽な仕事だ。楽じゃないのは……


「ねぇ先生って彼女いるの?」


「いるよー。当たり前じゃーん」


「えー、嘘っぽーい」


「絶対童貞じゃん?」


 キャハハと生徒たちが笑った。


 授業後のやり取りを思い出し、ため息をつく。


(キャッキャウフフの学園ライフも、結構大変だなぁ。高校生との会話なんか面白くもなんともないし、コンプライアンス重視で教師の立場は弱いし)


 沙樹に連絡を入れようとした瞬間、あちらの方からワークアーム経由で電話がかかってきた。


「はーい。こちら現在人気ナンバーワンの数学教師、宮田優一でございます」


『こちら、学校一のマドンナとの呼び声高い、絶世の美少女、谷村さ……」


「そういうのいいんで』


 自分から仕掛けたくせに、と沙樹はむくれた。


「で、そっちはどうですー? なんか聞けました?」


『全然。日下部由利亞の名前だしたらみーんな私に声もかけてくれなくなっちゃいました』


「なるほどねぇ」


 死んだ友人について喋りたくない? まぁ、転校生がいきなり日下部由利亞の名前を出したら警戒もするかもだけど、ちょっと反応が大げさだな……


 宮田は答える。


「こっちも収穫なしでーす。先生たちは色々話してくれたけど、日下部は地味で目立たない生徒だったみたいでさ。特に問題を起こしたりもしてないから、印象薄くて、エピソードも聞けずじまい」


『そうですか……』


 こんなに先生がいるのに、誰も由利亞が印象に残っていないというのは少し寂しい事に思えた。


「このまま収穫なしだと報告書にもしずらいし。あと一週間やってみてダメなら、潜入捜査中止って事で、別の方法考えましょ。じゃあ今後ともよろー」


『え! ちょっと宮田さん!』





 屋上に続く踊り場で宮田と連絡を取っていた沙樹は、突然宮田に電話を切られてイラッとした。


「マイペースな人だなぁ」


 ツーツーと耳に響く音を聞きながら、菓子パンを頬張る。


 そんな沙樹の後ろから、そっと近づいてくる黒い影がありーー

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