3章 由利亞

第16話 始動

「お父さん、これドローンに運んでもらおうよー」


 詰められるだけ詰めた段ボールを運びながら、沙樹さじゅは弱音を吐く。


「自分の引越しぐらい、自分で落とし前つけねぇとな」


 父は今年62歳だが、若者にだって負けない体つきをしている。日々の鍛錬の賜物だ。


(未だにテレポーターも使わず自力で移動してるんだもん。凄すぎ)


 時代の流れについていけずに刑事という天職さえ手放した父は、よほど腹に据えかねたのか、すっかり”最先端”嫌いになってしまった。


「あ! 凄い! グラウンドができてる!」

 

 亘の住む家の目の前に、大きく綺麗なグラウンドがあった。朝の光を浴びて、キラキラと芝生が光っている。


 無限はジム設備などは豊富だが、沙樹は機械に頼るよりも自分の足で自由に走りたかった。職員の子供も住んでいるし、大きなグラウンドを敷地内に作った方がいいのではないかと入社当初から提言していたが、とうとう設備班が動いてくれたのだ。


「なんで驚いてんだよ。お前俺より先にここに住んでただろう」


「敷地が広すぎて、どこにあるのかわからなかったんだよねぇ」


 と言いながら段ボールを地面に置く。

 健康的な褐色の肌と、肩の上で切りそろえられた黒髪、ショートパンツから均等に筋肉がついた足を惜しげも無く披露しながら、沙樹は走り出した。


「サイコー!!!」


「おい! 荷物は!」


「お父さんやっといてー。私のお手伝いはここで終了でーす!」


 亘が38歳の年に生まれた一人娘だ。 沙樹が高校の頃に亘は離婚。彼女は母親に引き取られたので最近はあまり会えていなかったが、不器用ながらも精一杯の愛情を注いできた。


「夕飯は一緒に食べるぞ」


「はーい」


 亘は段ボールを家に運び入れると、今度はひたすら荷ほどきをする作業に入る。まさか自分が、娘の働く無限に来る事になるとは考えもしなかった。


(人生何が起こるかわからんな)


 



 真新しい人口芝の感触を足の裏に感じながらトラックを軽く一周する沙樹。

 こんなに広いのに、周りには誰もいない。


(やっぱ外で走るのが一番よね)


 それにしても、父親の新しい職場が無限だと知った時はびっくりした。

この歳になって父親と一緒の場所で働くのは、嬉しい事なのか嫌な事なのか。


「あのー!」


 トラックの外から、沙樹を呼ぶ声がする。


「え?」


「おーい。そこの人ー!」


 ダブダブのニットにボサボサの寝癖をつけた青年が、こちらに手を振っている。


「私?」


「そうそう!」


 仕方なく、トラックの真ん中を突っ切って青年の元に走る。


「なんですか?」


「うわっ。今もう10月だよ? その格好寒くない?」


 青年は沙樹の格好を見ながら顔をしかめた。


「寒くないです。動いてたので」


「へぇ……」


 信じられないようなものを見る目で、青年が沙樹の顔を見つめた。

 バカにされてる?


「で、なんなんですか?」


「君さ、業務班の子だよね?」


 なんだか馴れ馴れしい男だ。


「はい。そうです」


 沙樹はワークアームで自分のIDを表示させる。そこに”無限課・業務班 谷村沙樹(格闘推薦)”の文字が浮かんだ。


「沙樹さんね。僕は宮田です。よろー」


 ふざけた挨拶をされ、沙樹は顔をしかめた。が、彼のワークアームのIDを見て驚愕する。


「ちょ、長官!?」


「そうそう」


 沙樹はピシッと姿勢を正す。調査官の長官と言えば、トップクラスの階級だ。


「失礼しました、宮田長官。私に何かご用でしょうか?」


 谷村という苗字は、母方の苗字だ。


「沙樹さん。歳いくつ?」


「今年24です」


「え! 結構いってるんだね。まだ20歳くらいかと思ったよ。いやぁ、若く見える! その格好だからかな? 高校生って言われてもわかんないくらいだよ」


「はぁ……」


 褒められているんだろうか。それとも貶されてる? 確かに沙樹はかなり童顔だ。学生に間違えられることもある。

 だが、宮田だとて負けてないだろう。史上最年少で長官になった人物は確か30歳を超えていたはずだ。宮田とて高校生は無理でも大学生ならば全然通用する。


(そのふざけた態度と喋り方のせいでより幼く見えるのね)


 沙樹は内心で宮田をバカにする事でイライラを消化した。


「あのさー、1ヶ月くらい僕に時間くれないかなぁ?」


 宮田がヘラヘラと笑う。


「は?」


(これはナンパ? 階級が上だからって断れないとでも思ってるの?)


 沙樹の殺気を感じ取ったのか、宮田は笑顔を見せながら両手を顔の前で振る。


「いや、違うよ! やましい気持ちとか全然ない! ないからね!」


 口から八重歯がちらり覗く。


「はぁ……」



***


 宮田が沙樹に声をかける数時間前ーー


 13人のゆりあ事件を亘と共に調べる事になった宮田は、上司から「お前たちの班は日下部由利亞を頼む。連続殺人だという点は一旦忘れて、彼女の周辺を調べてくれ」と指令を受けた。


 全員の共通点は名前以外見つからず、どんなにログを調べても犯人はわからない。暗礁に乗り上げた調査官たちは、次に一人一人のログを徹底的に洗い出す方法をとる事にした。


(正直、そんなことをしても意味ない気がする……)

 そう思ったが、上司に逆っても時間の無駄だと判断した宮田は二つ返事で引き受けた。


 すぐに亘を呼び出し、今後の捜査について作戦を立てる。


「由利亞は……あ、これは日下部由利亞の事ですよ! これからは苗字で言わないと、どのゆりあかわかんないですねー」


「前置きはどうでもいい。早く本題に入れ」


 今日も亘はそっけない。


(はぁ、人と一緒に捜査するのって面倒だなぁ)


 宮田はこっそりため息をついた。

 以前刑事は2人1組で行動するのが決まりだったらしいが、組織自体が崩壊してからはその決まりも消滅した。調査官は常にログを見て調査をしているので、基本的に個人作業だ。


(まぁ、捜査一課の伝説の刑事と捜査する機会ももうないだろうし、少しはやる気出しますか)


 今回の事件はログからは解決できないとの判断で、無限は亘に召集をかけたのだ。刑事ならではの捜査をとくと見せて貰うとしよう。


「で、ですね。日下部が殺された当日のログを見たところ、どうも誰かと待ち合わせをしていたようなんですよ」


「見せてみろ」


「はい」


 空中ディスプレイにログを表示させる。


 その日は風が強く気温が低かった。日下部は中央テレポーター駅前でずっと誰かを待っている。手がかじかみ、何度も両手に息を吹きかけている。

 

「このまま2時間この場所にいましたが、とうとう相手は来ず。結局家に帰りベッドに入り……」


「殺されたってことか」


「はい。ちなみに日下部は、死亡した後に小指にはめていたピンキーリングを盗まれています」


「ゆりあ達は全員身の回りのものを1つ取られているが……指輪となると、痴情のもつれって線もあるのかもな」


(痴情のもつれってセリフ言う人初めて聞いた)


 宮田は関係のないことを考える。

 亘が画面を見ながら呟いた。


「日下部が待っていた相手は、誰なんだろうな」


「それを調査してみましょう。微かな違和感でも全部洗い出せば、この膠着状態も少しは動くんじゃないかなーとか思います。あ、あとこれは事件と関係あるかはわからないんですが、日下部の通う高校では、2ヶ月前に生徒が自殺しています」


「自殺か……」


「死亡した女子生徒のログを見たところ、家庭環境に問題がある事がわかりました。死んだ当日も、エリート官僚である父親に殴られています。自分で自分の手首を切るログがバッチリ残っていたので、自殺で片付けられています。ちなみに、この女子生徒と日下部は同じ学年ですが、繋がりはありません」


「その自殺と日下部の殺人が繋がることはなさそうだが……それは調べてみねぇとなんとも言えねぇな」


「で、僕は今回亘さんの指示に従うようにと言われています。刑事時代の捜査ノウハウを教えてもらって活用しろと……こういう場合、まず刑事だったら何をするんですか?」


「そりゃ、聞き込みしかねぇだろう……と言いたいところだが」


「?」


 亘がニヤリと笑う。この笑顔は、嫌な予感。


「俺は実はずっとやってみたいことがあったんだ。俺たちの時代じゃ違法だったんだが」


「な、何する気ですかぁ?」


 情けない声が出てしまう。


「潜入捜査だよ」


「え!!!」


 次回、宮田高校生になります。多分。

 

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