第15話 父

 体ごとぶつかられ、華奢な宮田の身体がぐらりと揺れた。

 二人はそのまま崩れ落ちたが、起き上がるのはアサギのほうが早い。


 起き上がった勢いでそのままドアに向かう。もちろんどんなにドアノブを回しても、扉は開かない。


「開けて! 開けてよ!!!」


「あれ? いつもの余裕がなくなりましたね」


「うるせぇ!」


 怒りに震えたアサギが、宮田を睨む。


「この程度の事件で、私が逮捕されるわけない! パパ! パパ! なんとかしてよ!」


「それは無理でしょ」


 宮田はアサギの肩を掴み、グイッとこちらに向き直らせる。


「もうあんたに、外の世界での居場所はないもん」


「……は?」


 画像が切り替わり、3D映像が映し出される。


 アサギの周りには、人、人、人。


「動物殺しは死刑!」

「父親が無限のお偉いさんだから、今まで逃げられてた説」

「なにこのブス。犯罪しそうな顔してるわ〜」

「無限がこの事隠蔽してきたらマジでがっかり」

「いやいや、こいつ他にもやってんだろ?」


 人々の悪意が降り注ぐ。

 体が凍りつき、足が震えた。


「世論を巻き込んじゃえばこっちのもん。流石の九谷主任もこの事件は揉み消せないんじゃないかな〜?」


 アサギは放心状態だ。虚ろな目をして、突然笑い始めた。


「ふ、ふふふふ。あははははは」


 宮田はアサギの髪を掴み、力任せに引っ張る。

 アサギの顔が痛みに歪んだ。


「壊れるのはまだ早いよ。あんたのログ、見せてもらうからね」


「……いや」


 ワームアークを稼働させ、アサギのIDを表示させた。


「やめてよ!!!!!」


 アサギの人生が、情報の奔流となって流れ出す。


 幼いアサギ。優しい父に抱きかかえられ、安心しきって眠りにつく。

 幸せな親子。


 中学校の制服に袖を通すアサギ。

 その様子を見て、父親は目を細める。

 近づき、そのスカートの中に手を入れた。


「見ないで!」


 驚きと恐怖でアサギは動けない。下される下着を、不思議な気持ちで見つめる。なんで? どうして? その言葉を発したかったが、声が出ない。


 高校に進学し、薬を作り始めた。

 薬の購入費用は3ヶ月で50万円を超えた。全て父にお金を入れてもらった。

 動物を殺して庭に埋めていた時、父い見つかる。

 だが、何も言われなかった。

 言えるわけがない。

 アサギは何もかもが面白くなって狂ったように笑った。


 宮田が、ログを止める。


「なるほど。自分のログが見られるはずがないって、そう言う事ね」



 別室。

 亘の目の前で、九谷が顔を覆った。

 周りの職員たちが、信じられないものを見るような目で九谷を見つめる。


「お前が娘を守る理由はこれか」


 九谷は憔悴しきっていた。

 その胸ぐらを掴み無理やり立たせると、頬を思いっきり殴りつける。


「人じゃねぇよ、お前」



***


 アサギは逮捕された。

 ログを確認後、24名の毒殺が判明。

 その前代未聞な連続殺人に連日連夜テレビは大騒ぎで、アサギは生い立ちから今に至るまでの経歴を洗いざらい報道された。


 九谷は娘への暴行で逮捕され、無限も多くの批判を浴びた。

 九谷のログからこれまた様々な不正や隠蔽が発覚し、芋ずる式に逮捕者が出てしまったが、これで無限に巣食う大きな膿の一部は、吐き出させたように思う。


 元捜査一課の名刑事が見事真犯人を突き止めた、として亘は一時ヒーローのように持て囃された。テレビ出演などの依頼が舞い込んだが、顔を出すことは一切しなかった。それがクールでカッコいいとして、余計ファンが増えた。



「亘さーん。本当にいっちゃうんですかぁ?」


 アサギの逮捕に伴う捜査報告や資料作成などが全て終わり、帰宅しようとする亘を宮田が引き止める。


「今日で無限に来るのは終わりですね」


「あぁ、俺は元々この事件にだけ協力するって話だったからな。事件が追わればまた只のジジイに戻る」


「さみしいなぁ。もっと一緒に仕事がしたいなぁ」


「思ってもない事言うんじゃねぇよ」


「本気ですよ」


「嘘つけ。裏があるだろ。言ってみろ」


 グッと言葉に詰まる。目をそらし、ブツブツと呟く。


「亘さんは今、民衆のヒーローじゃないですか。無限内部に蔓延っていた膿を出し、正義を貫いたって。だからその、信頼と評判が地に落ちた今の無限に入ってくれれば、少しはほら、イメージアップに繋がるって」


「上が言ったのか?」


「そうなんですよ。それで、亘さんが残ってくれれば、僕の評価も上がるし、亘さんは破格の待遇で現場復帰! いい事尽くめだと思うなぁ〜、思うんだけどなぁ〜」


「猫なで声を出すな。気持ち悪い」


「はぁ、ダメか」


 亘の表情に変化は見られない。だが、心の中は少なからず揺れていた。自分にもまだ何かできることがあるのではないか、と言う考えがちらつく。


「13人のゆりあ事件、か」


「あ! 亘さん、興味持ちましたね? 持っちゃいましたね? ねぇねぇ、一緒に頑張りましょうよー」


 一間あり


「……わかった」


 ため息とともに答える。


「え?」


「その事件、俺が解決してやるよ」


「ひょーーーー! カッケェ!」


「あぁ?」


「いえ、すみません」


 屈託無く笑う宮田の顔を見つめ、亘の刑事の勘が働いた。


(こいつも、何か秘密がありそうだ)

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