第13話 ゴミの夢


 過呼吸で倒れた宮田を背負って部屋に入る。


 宮田の部屋は簡素で、生活感がなかった。

 広い部屋には物がほとんど置いていない。大きなベッドの周辺に、脱ぎ散らかした服が散乱していた。


「世話してくれる恋人もいねぇみたいだな」


 気を失った宮田をベッドに寝かせる。その寝顔を見て、


(こいつにも、殺したい奴がいるんだな)


 いつもヘラヘラ笑ってて人生を舐めきってる若造だと思っていたが、案外そうではないのかも知れない。


(さて、あの女どうしたもんか)


 宮田を担いで店を出た亘に、アサギが最後に言った言葉を思い出す。


「私ね、わかってたんですよ」


「わかってた?」


「無限の調査官が全員無能だって」


「……」


「私のログを見たいけど、許可が降りないんですよね」


「お前は何でも知ってるんだな」


「もっと言ってあげましょうか。私は最初からわかってたんです。無限で働く人達は、目で見たものを真実だと思う。だから、私の存在には気がつかない。それに例え真実がわかったとしても、私を逮捕することはできない」


「それは、調査官達がプライドの高い頭でっかちだからか?」


「それもありますが……」


 嘲笑うように、気を失った宮田を見つめる。


「これは事実上、ヒューマログの敗北だからです」


「敗北?」


「えぇ。ヒューマログを使った捜査でミスがあってはいけないのです」


「確かに、お偉い方はこの事件の再調査を認めてはいねぇな」


「でしょ?」


「だけど、俺は違う」


「へぇ」


「俺は調査官じゃねぇ。刑事だ」


 まっすぐな目が、アサギの瞳を射抜いた。


「俺から逃げられると思うなよ」


「ふふ。楽しみにしていますね」


 アサギはスカートを風になびかせながら去っていった。

 こいつは、人の命を弄ぶ楽しさを知っている。止めなければならない。亘はその後ろ姿を、いつまでも見つめた。



「う……」


 宮田が目を覚ます。


「大丈夫か?」


「亘、さん」


「まだ寝てろ。顔色が悪い」


「僕……あぁ、そっか」


 上半身を起こそうとした宮田が、またバフっとベッドに横たわる。


「すみません」


「別にいい。気にすんな」


「……あの香水、やばいっすねぇ。亘さんは効果なかった?」


「あぁ、そうだな。殺したい奴なんか腐るほどいるんだがな」


「はは。亘さんらしいや」


「看病は必要か?」


「いやいやー、後が怖いのでいらないっすー」


「口のへらねぇ奴だな」


 宮田が、ワークアームを操作し、須藤アサギの資料を表示させた。


「これは」


 アサギの素性が書かれている。


「須藤アサギは無限課・強行犯の主任、九谷の一人娘です」


「須藤は、母方の苗字か」


「はい。ヒューマログを見ていたにも関わらず真犯人を逮捕し損ねているのも問題ですが、犯人が九谷主任の娘であるという点も大問題。この子を、僕らの力だけで逮捕する事はできません」


 映像が切り替わる。

 まだ幼いアサギを抱き寄せる九谷の笑顔が視界いっぱいに広がった。


「アサギが犯人だと言っても無駄です。九谷は事件をもみ消す。身内の犯罪はご法度ですから」


「それが正しい父親の判断だっていうのか」


「手を引きましょう」


「ダメだ」


「……そういうと思いました」


「諦めたら、あいつはまた人を殺す。それがお前の友達や、家族かもしれないんだぞ」


 宮田は、うっすら汗をかいた額を拭った。

 少し熱っぽい。


「そのセリフ、あんまり僕には響かないですねー。家族も友達も、いないので」


 亘が口を開く前に、宮田は眠りに落ちた。亘は何をして良いかわからなくなり、とりあえず掛け布団のしわを伸ばして立ち上がる。


 上層部に揉み消される可能性は十分にあった。だが、声が大きければ消すことも難しい。確実な証拠を掴めば言い逃れはできない。


(久々に、腕が鳴るな)


 亘は奥底から力が湧き上がってくるのを感じた。


 彼は刑事だった時、様々な難事件を解決した伝説の刑事だった。だが、ヒューマログの登場で、彼の信じていた正義は姿を消した。殺人が起こればログを見て、犯人がわかれば捕獲班が捜索し、見つければ逮捕する。被害者遺族の苦しみに誰も耳を傾けることなく事件は解決する。


(そうじゃない。それではいけない)


 亘は決して、自分の仕事を奪われたから調査官を憎んでいるのではない。事件が起きなければ、犯人が逮捕されるのであれば、その方がいい。だがログを見ているだけでは、被害者の、遺族の苦しみはわからない。犯人が憎い、逮捕せねばならない、その気持ちが今の調査官からはカケラも感じられないのだ。


(こんな感情論、今の奴らは意味がないと笑い飛ばすだろうな)


 ドアを開けると同時に、リビングとは逆側の部屋から微かな音が聞こえた。


(なんだ?)


 取っ手に手をかける。

 中を見ようとして……


(いや、気のせいか)


 手を離した。


(とにかく、俺がやる事やらねぇとな)


***


 ゴミは必死に声を出していた。


「優一、さん……具合が、悪い」


 優一のヘルスケアは随時ゴミに送られてくる。素早くケアをして栄養のあるものを摂取させなくてはならない。


「悲しそう、どうした……の?」


 メンタル面での悪化は誰のせいだろう。誰が彼を傷つけたのは誰だろう? 今外に出て行った人だろうか。

 

「大丈夫、メルが、いま……す」


 ゴミは、かつてメルという名前を与えられていた。

 だが今では、その名を呼ぶものはいない。


 ガガガッと、電子音が鳴る。

 

 

 

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