第12話 甘い毒

「亘さん。見つけました」


 宮田は、須藤アサギが住んでいる家から一番近い薬局に行き、店主にログ閲覧許可を取った。許可を取るのは簡単だった。後ろ暗いことがない人間は簡単にサインをする。渋ると何かあるのかと勘ぐられる可能性もあるからだ。


「ここです」


 ログを空中ディスプレイに映し出す。

 アサギが複数の薬品を買っている。


「司法解剖で確認が取れた薬品と同じ種類のものです」


「案外早く見つけたな」


 カードの使用履歴からアサギの購入履歴を洗ったが、該当のものは見つからなかった。恐らく履歴が残るカードではなく店で薬を購入したのだろう、と推理した亘は、周辺の薬局に虱潰しに連絡を取るようにと宮田に命令を出した。


 テレポーターで大概の場所には一瞬で行けるようになった現代、アサギが行ける範囲も広すぎて特定は無理だと思っていたが、意外や意外。

 なんと一番近所の薬局ですぐにアサギを見つけ出せてしまった。


「アサギは社交的な性格で、近所の人たちとよく喋るんですって。笑顔の可愛い人だってみんな言ってますよ」


「なめてやがんな」


「ですよねー」


 近所で堂々と薬を買い、調合した薬を周りの人が見ている前で岡野あかねの席に置いた。こちらの聞き込みにも動揺している様子は見られない。

 あの時彼女は、自分たちの事を笑いを堪えながら見ていたのだろう。


「で、どうしましょうか。薬買ってただけじゃ犯人とは断言できませんよ」


「だろうな」


「あー! ログが見れればなぁ!!!」


「出来ねぇ事をグダグダ言ってもしょうがねぇだろう。証拠を見つけるんだ。それしかねぇ」


「見つかる気がしないー」


 秋が深まり、日が落ちるのが早くなっていた。宮田はブルっと体を震わせる。

 これから商店街でアサギについてのの情報を集めようとしていたが、無駄な気がした。

 彼女は大胆だが、ミスは犯さない。


「あー寒っ」


 白い息を吐くと……


「お仕事お疲れ様です♡」


 宮田の頬に、暖かい缶コーヒーがピタッとくっつく。


「え?」


「お前!」


 亘が勢い込んで缶コーヒーを持っていたその手を掴んだ。


「あ、ごめんなさい。クリームソーダーは売ってなくて」


 アサギが笑いながら立っている。


「須藤アサギ。なんでこんなところに」


「だってここ、私の家の近所ですもん」


「いや、そうだけど」


 なんでわざわざ調査官に接触してきたのかという事を聞きたいんだ。

 アサギは宮田の心を読んだように言葉を続ける。


「お二人、私に何か聞きたいことがあるのかなって思って声をおかけしたんですけど、違いました?」


「お前……」


 なめやがって……亘の目に怒りが宿る。


 アサギはふふふと笑った。


***


「はい。私がやりました」


 寒空の下で話すのにギブアップした宮田は、亘とアサギを連れて居酒屋に入った。なぜ居酒屋かと言うと、アサギが酒を飲みたい言って聞かなかったからだ。

 席に着き、さて何を聞こうかと思っていた所、まさかのアサギの方から口を開いた。


「なんだと?」

「なんですって?」


 亘と宮田の声が重なる。


「あ、お二人仲良いー」


 キャハハと笑い声をあげた。


「ふざけんじゃねぇ!」


「こわーい」


「須藤さん。今の、どう言う事ですか?」


「どうもこうも、それが聞きたかったんですよね?」


 目の前の可愛らしい女性が、薄気味の悪い化け物に見えてくる。


「私がやりました。あの喫茶店で岡野さんと野崎さん、大げんかしたんですよ。それで泣き崩れた岡野さんの話を聞いてあげたんです。すごくお辛そうで。なので、私にできる事があればと」


「野崎を殺す薬を作ったって? やばいっすね須藤さん」


「よく言われますー」


「薬で殺すつもりなら、岡野あかねが野崎を刺す必要はなかったのでは?」


「自分が殺したって言う達成感があったほうが良いかなーと思いまして」


 自分の犯行をベラベラ話し出すアサギの思惑に気づいた宮田は、唾を飲む。


「おい、こいつはどうしたんだ? 本当に頭がいかれてるのか?」


「亘さんは現役を引退されてから長いので知らないでしょうが」


 横目でギロリと睨まれる。あ、言い方気に入らなかったのか。怖ぇ……


「あ、ですからえーっと。一般人は知らない情報なのですが、現在自供は証拠にならないんですよ」


「あ? どう言うことだ。本人が犯人って言ってんのにか?」


「はい。現在は、自供は証拠になり得ないんです」


 昔は自供を引き出し逮捕すると言うやり方もあったらしいが、今は通用しない。自供を引き出すための強引な取り調べや恫喝が問題になったり、自供の内容が嘘だったりと言った様々なトラブルを経て、”人の言う事は信用できない”と言う結論に至った。

 人は嘘をつけるが、目で見たものを偽ることはできない。だからこそ今の司法では、自供を証拠として提出することができないのである。


「じゃあ、こいつが今何を言っても」


「はい。証拠にはなりませんし、逮捕もできません。でも」


 アサギは居酒屋のメニューを眺めている。呑気なもんだ。


「自供が証拠にならないと言うのは、一般人は知らないはずです。須藤さんはどうしてそれを?」


「それはヒミツです」


 ニコッと笑った。赤い唇がやけに艶かしく見える。


「……では、もう一つ聞かせてください。貴方がこう言うやり方で、人を殺したのは初めてですか?」


「さすが調査官さん。勘が鋭いですね。推測の通り、初めてではありません」


「殺したい人がいる人間を探し出して、接近しているんですか?」


「正確には違います」


「え?」


「殺したい人がいない人なんて、いないんです。例えば……」


 アサギは机の下でそっと小瓶の蓋を開けた。


「調査官さん、あなたのお名前は」


「宮田優一、ですけど」


「宮田さん。貴方は殺したい人がいる?」


「いませんねぇ。これでも出世頭なんです。わりかし人生楽勝です」


「そう。本当に?」


「……」

 



 脳裏に、何かがちらついた。


 何が? あれは、僕の家だ。昔住んでいた。父親と。庭がある。小さな僕が泣いている。連れて行かないで。父さんを連れて行かないで。あぁ、メルがいるから。あいつがいるからいけないんだ。だから壊さなきゃ。あいつを壊して。父さんを助けなきゃ……


 笑顔で自分を見つめるメル。いや、こいつに名前なんかない。こいつは只のアンドロイドだ。


「メル……」


 幼い宮田はその顔に、金属バットを振り下ろす。

 ぐしゃっと音がした。


 機械のくせに。


 人間みたいに潰れている。




「宮田。おい宮田!」


 バシッと、頰を打たれた。


「え」


 目の前には、亘がいる。


「お前、どうしたんだ。いきなりぼーっとして」


「僕は」


 アサギは、小瓶をテーブルの上に置いた。


「これは私の作った香水です。人間の底の底に沈んだ憎しみを増幅させる効果があります」


 宮田の冷や汗が止まらない。息ができない。苦しい。


「宮田、大丈夫か?」


「これを使えば、大体の人間は殺人衝動に駆られます。私はその声を聞いて、相手の願いを叶えてあげているだけ。それだけなんですよ」


 アサギの声が遠のく。


 意識が薄れ。


 暗闇ーー。






 

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