第11話 真犯人

 15日、店長の為に寄せ書きをした人物は6名いた。

 ログの閲覧許可が取れない今、地道に一人ずつ聞き込みをするしかない。


 「宮田。お前、本来の調査官の仕事はしなくて大丈夫なのか?」


 待ち合わせ場所で顔を合わせた亘が、ちらりとこちらを見る。


「今は、13人のゆりあ事件を捜査している最中って事にしてます。適当に報告書あげてるのでお気になさらず」


「はぁ? ったく、いい加減なやつだなお前は」


 正直、街中を歩き回って聞き込みして、と言う無駄な時間を過ごすより1人デスクでログを洗い出しながら13人のゆりあ事件の調査をしている方が楽だった。だが、なぜか宮田は、毎日亘に連絡を取っている。


 岡野あかね事件の真実が知りたい、と言うよりは……


(なぜか、あの事件に関わりたくないんだよね)


 本能的に、宮田はあの事件から逃げていた。


「あ、この道の突き当たりにあるマンションです。名前は鷺宮洋二。36歳。接客業をしている会社員です」


「あいつか?」


「え?」


 見ると、ゴミ袋を持った鷺宮がちょうど家から出てくるところだった。


「あ、ほんとだ。あのー、すみませーん」


 小走りで階段をかけ上がる。


「鷺宮さんですよね。僕、無限課データ班の……」


 鷺宮はビクッと体を震わせると、突然ゴミ袋を宮田に向かって投げてきた。


「え!」


「宮田!」


 顔面に袋から飛び出した生ゴミが当たり、バランスを崩した宮田は階段を転がり落ちる。

 鷺宮はその隙に宮田の横を通り抜け、逃げ出した。


「大丈夫か! 宮田!」


「はい。なんとか」


 宮田の無事を確認すると、亘は鷺宮の後を追って走り出した。

 

(ダメだ、間に合わない)


 と、思ったが


「逃がさねぇぞ!!!」


 亘はものすごい速さで鷺宮との距離を縮めると、最後にはその足元にタックルをして彼を捕獲した。


「えええー! 足速えーー!!」


 生ゴミ臭い自身の体も忘れ、叫んだ。


***


「俺、何もしてません」


「じゃあなんで逃げたんだよ!!」


「ヒッ!」


 取調室で鷺宮を尋問する亘は、現調査官とは比べものにならないほど眼光が鋭い。


 ピーピーと警報音がなる。


「なんだこの音?」


「亘さんのドスのきいた声と怖すぎる顔面が規定に引っかかったんですよぉ」


 宮田は(これあと何回か鳴りそうだなぁ)と思いながらアラームを解除した。


「なんだその失礼極まりない規定は!!」


「行き過ぎた取り調べで色々問題起こしたのは、亘さん世代ですからね」


 今は容疑者の人権にもうるさい。亘は立ち振る舞いだけで人を怖がらせているので、存在自体がアウトである。言えば怒られるので言わないが。


 鷺宮は暴行罪で逮捕された。


「ほらこれ! 僕は足を捻っちゃったんだよ! どうしてくれるのかねぇ? 調査官を、しかも長官のこの僕の業務を妨害したとあっちゃあ、これはもう言い逃れできないなぁ」


 宮田は捕まった鷺宮に痛む足を見せて脅した。

 逆に逃げてくれてラッキーだったと言える。


 死人と同様、逮捕者の場合もログを許可なしに見ることができるのだ。

 

 亘が鷺宮を尋問中、宮田は素早く彼のログを調べた。


 15日のログを見つける。


(これは……)


 「すみません! 許してください!!!」


 鷺宮が突然大声をあげた。


「俺、本気じゃなかったんです!」


 泣きながら亘の裾にしがみつく。


「許してください! なんでもしますから、会社には……家族にも秘密に!」


「うるせぇ! 人を殺しておいてそんな虫のいい話あるか!」


「……殺し? いや、俺がやったのは下着泥棒で……え?」


 篠宮の涙が引っ込んだ。


「亘さん。違います」


「あ?」


「犯人は鷺宮じゃありません」


***


 帰宅するとすぐに、化粧棚の中に置かれている瓶を手に取った。 

岡野あかねに渡した薬の残りだ。飲んでも日常生活に支障はない。この薬が効果を発揮するのは、飲んだ人物に外部的な衝撃が生じた時。


(例えば、誰かに刺されるとかね)


 衝撃を察知すると、体内に蓄積していた薬品は化学変化を起こし相手を死に至らしめる。もちろんプロに解剖されれば一発でバレるが、今の調査官はそんな所まで調べない。


(犯人と凶器が目の前にあれば、なんでも信じちゃうんだよ)


 薬を流しに全てぶちまける。

 調合に時間がかかった新作なので勿体無いが、残しておくと何かと危ない。


(まさか再捜査が入るとは)


 意外だった。調査官は自身のミスを一番嫌う。一度逮捕した岡野あかねが真犯人ではないと気づいたとしても、再捜査には踏み切らないだろうと思っていた。


(少しは骨のある奴がいたってことね。でも、結局無駄足)


 喫茶店での会話を思い出し、ニヤリと笑う。


「私のログを見ることは、不可能だからね」


***


「あの女か!」


「そうです」


 ログには、トイレに立った岡野あかねの席に近づき薬を置く犯人の姿が写っていた。

 隣に座っていた鷺宮は、犯人に向かって「何を置いたんですか?」ときいた。

 犯人は「あかねさんに渡す約束をしてたんですよ」と言って笑った。


「犯人は、喫茶店の従業員。須藤アサギです」

 

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