第10話 喫茶ロマンス
喫茶店の店員に呼ばれた。お店に飾ってある古い電話から、私に電話がかかってきたらしい。あれ、イミテーションじゃなかったんだ。
『貴方の気持ち、私にはわかりますよ』
明らかに声を変えている。
「誰?」
『悔しいですよね。結婚を約束した相手に騙されて、捨てられて』
「……何でその事を」
『憎いですよね。苦しいですよね。その辛さは、誰にぶつけるべきだと思われますか?』
「は? ぶつけるって。私は、別に」
『殺したいとは、思いませんか?』
クラっと酔っ払ったような高揚感に包まれた。殺す、と言う甘美な響き。
「イタズラ電話なら切りますよ」
『大丈夫。私には情報があります。ログを残さず相手を殺す方法も知っています』
ログが残らない。ならば、殺せる? あいつ。私を裏切った、あの男。
『私の言う通りにしてください。貴方に一番良い場所と時間を、私が指定します』
「なんで……」
こいつは誰? どうして私の事を知っている? 殺人? 誰が? 私が? 誰を?
思考がまとまらない。そうだ、私は辛かった。辛くて辛くて、さっきまで泣いていたんだ。そうだ。もう辛い想いはしたくない。この人の言う事を聞けば、救われる。
私はいつの間にか、受話器を持ちながら笑っていた。
***
「はい。私が電話を繋ぎました。お店の代表電話なので、かかってくる事はありますが、お客さんにお繋ぎするのは初めてでした」
真っ黒なロングヘアーを後ろで一つに束ねた須藤アサギと言う名前の若い店員は、しっかりとした口調で答えた。
ログを見てあかねの証言が正しいとわかった宮田は、亘と共に電話がかかってきた喫茶店”ロマンス”にやってきて聞き込み調査を行なっている。
席数が20に満たない小さな店で、他の客はいない。
支払いが現金だけだったりデバイス注文を受けていなかったりと、今時珍しい運営方法をしている。
「声は変えられていたようですが、喋り方に特徴や、聞き覚えはありませんでしたか?」
「いえ、特に……」
「なるほどぉ」
間。
「えっと……」
(聞く事なくなっちゃったな)
宮田は横目で亘に助けを求める。
「それでご注文は?」
アサギがずいっと体を寄せてきた。
「え? いや僕たちはその、調査だから」
「ご注文は?」
有無を言わせぬ口調だ。
折れよう。
「コーヒー1つ」
「かしこまりました」
笑顔で頷く宮田の頭を、亘がひっぱたく。
「いた!」
「注文してどうすんだよ」
「あ、亘さんの分忘れてた。何飲みます?」
「俺はいい!」
「……」
アサギが、今度は亘を凝視している。
じーーーー
「……じゃあ、クリームソーダ」
「かしこまりました!」
ぺこりと頭を下げ、アサギは厨房に引っ込んだ。
「あの子、商売上手だな」
宮田は、亘がクリームソーダを注文した事に驚きしばし唖然としていた。
出されたコーヒーは苦くてうまかった。
「すみません。取り調べってどうすればいいのかわかんなくてー」
ヘラヘラ笑う宮田を、呆れた目で見つめる亘。
「ったく、刑事も地に落ちたもんだ。おーい、店員さん」
「はい!」
アサギが再び小走りでやってくる。
「追加のご注文ですか?」
「いや、教えて欲しいことがある」
「はぁ」
「この喫茶店は、岡野あかねとその恋人、野崎が出会った場所なんだ」
宮田は素早くワークアームで二人の写真を表示させる。
「二人はよくここに来ていたんだよね」
「はい。来てました」
「他に常連はいる?」
「うちは常連ばかりですよ」
「この岡野あかねさんが、9月15日に、ここで何者かから薬を受け取っている。あかねが言うには、トイレに行った隙に席に置かれていたらしい。君はその日店にいたか?」
「うーん、15日はシフトに入ってたのでお店にはいたんですけど」
「どんな客が来ていたかは」
「覚えてないです」
「はは。だよねぇ」と宮田が笑うと、亘に睨まれた。
本来なら、アサギのログ閲覧許可を取れば、その日にいた客はすぐに割り出せる。だが、お偉いさんから『再捜査不可』の指令を受けてしまったことで、この捜査をしていることを隠さねばならなくなってしまった。
(普通に考えて無理ゲーよ)
ログなしで犯人を見つけるなんて、宮田には想像もできない。
「あの、調査官さん」
白い口ひげを蓄えた老人が、厨房から顔を出す。
この店の店長だ。
「盗み聞きしたようで申し訳ない。15日にいらしたお客様なら、色紙を見ればわかりますよ」
「色紙?」
「実は、その日は、私の誕生日前日でして……」
「あ! そうでした」
アサギが大きな目を更に丸くして、会話を引き継いだ。
「店長の誕生日に寄せ書きを渡そうって、来店されたお客様にメッセージを書いて貰いました。うちの店、みんな常連で店長とも仲がいいので」
「ってことは、その寄せ書きを見れば」
「はい。誰が来たかはわかります」
「すぐに持ってきてくれ。宮田、名前だけで人物照合できるか?」
「え? あぁ、大丈夫っす。名前と筆跡で調べられます」
「頼むぞ」
「はい」
(一様、僕の方が立場上なんだけどなぁ)
宮田はため息をつき、ワークアームを立ち上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます