第9話 バディ

「だから、この女は犯人じゃねぇ」


(だからその理由を聞いてんだろうが、この老いぼれ)


 下手に逆撫でしない方がいい。宮田は冷静に切り返す。


「その根拠は?」


「根拠も何も、人はな、腹を一発包丁で刺されたくらいじゃ死なねぇんだよ」


「いや、その理屈はさすがに」


「これを見ろ」


 刺された時間から死亡したまでの時間が書かれている。


「死ぬまで1分しか経ってない。しかも、この写真を見ると血の量も少ない。死んだ後に目を潰されてるから、これが致命傷な訳でもない。おかしいだろ」


「それは……」


「こいつの病歴は? 疾患があるかどうかは調べたのか?」


「いえ……」


「まさか、司法解剖もしてないんじゃないだろうな」


(いつの時代の話をしてんだよ)


 ログを見れば犯人がわかるのに、なぜわざわざ時間と金をかけて死因を特定しなきゃいけないんだ。現在解剖は、ログを見ても死亡原因がわからない時にしか実施されない。


「今、死体を解剖する部署はありません。ですが、僕はこの目で見ました。岡野あかねが野崎を刺し、その直後、野崎は死んだ。これは事実です」


「し、死体……解剖」


 見ると、注文を取りに来た早苗がプルプル震えている。


「あ、亘さん。場所、変えましょっか」


「必要ねぇよ。俺はこの事実を言いに来ただけだ。俺は元刑事だ。捜査のミスを正すのは、現役刑事のお前の仕事だ」


「調査官です」


「呼び方なんかどうでもいい! いいか、俺はお前らが大っ嫌いだ。人のログだかなんだかを見て、捜査をした気になってるだけのお前らがな」


「……」


「だから俺は、お前たちに協力はしない」


「では、なぜここに?」


「無能なお前たちのせいで、真実が明らかにならないなんてことはあっちゃならんからだ。こんな杜撰な捜査じゃ、被害者が浮かばれねぇ!」


 亘はそう言い捨てると、さっと踵を返して店を出て行った。

 

(無能はお前だろう。効率の悪い捜査で頑張った気になってんじゃねぇぞ)


 宮田は心の中で毒づいた。


「あの、宮田。これ」


 ぶちまけられた捜査資料を、早苗が手渡してくれた。


「ありがと。ごめんね、騒がしくってさぁ」


 資料に目を落とす。報告書は悪しき形式で、作成せねばならないが誰も目を通すものはいない。宮田も印刷したはいいがちゃんと読むのは初めてだ。


(確かに妙だな)


 調査官としてではなく、宮田個人の好奇心が疼いた。


***


 「ちょっとお邪魔しますよー」


 ワークアームを作動させ、IDを表示させる。

 長官の文字に、入口を固めていた職員はビシッと姿勢を正した。


「宮田長官、お疲れ様です」


「はいはい。どうも〜」


 開かれた入り口に向かって歩く宮田の後を、仏頂面の亘がついていく。

 職員が慌てて亘に声をかけた


「ちょ、ちょっと!」


「あ?」


 亘の迫力に怯える職員。


「IDを見せてください」


「なんだよそれ」


「いや、なんだよって……身分証明書ですよ」


「この人は大丈夫。身分は確かだから」


 宮田が助け舟を出すと、職員は渋々という感じで通してくれた。


「亘さん、お渡ししたワークアームつけといてくださいよ」


 このリストバンド型デバイスは、電話、メール、財布、パソコン、身分証明、全ての役割を担う現代の必需品だ。「自分の力では真犯人が見つからないので今回だけでいいから協力してほしい」と再度頼みに行った時、まさかのワークアームを持っていないと聞いて宮田は愕然とした。


(どうやって今まで生活してたんだよ)


 仕方なく、身分証と電話の機能だけがついた、比較的扱いやすいものを宮田が購入し、亘に渡していた。


「俺は手首に何か纏わり付いてんのが嫌なんだよ」


 この旧石器をどう扱えばいいのか、宮田は頭を抱える。


 空中ディスプレイに地図を表示させ、目的地に進む。

 ここは死体安置所だ。

 

「あ、ここですね。入りましょ」


 中には冷凍された遺体が安置されている。

 解剖もしないので安置する意味はないのだが、何かあった時のために変死した遺体については1ヶ月間だけここに置いておく決まりになっているのだ。


「野崎の遺体はこれですね」


 防腐剤を丹念にかけられた遺体を引き出す。

 

「でも、遺体見ただけで何かわかるんですか?」


「分かることもあるし、わからんこともある」


「え! 何か分かるから、遺体を見たいって行ったんでしょ?」


「刑事の仕事はな、無駄足が基本だ。その無駄足をしまくって、少しの事実がわかったりするもんなんだよ」


 無駄足が誰よりも嫌いな宮田は(まじかコイツ)という目で亘をみる。

 無限に入ってからやけに張り切っているこの老いぼれは、死体をつぶさに観察しだした。


「臭うな」


「あ! それ刑事がよく言うやつだ! ドラマで見たことありますよ〜」


「お前、馬鹿なんだな」


「失礼な。これでも出世頭ですよぉ」


「いいから、コイツの口の臭い嗅いでみろ」


「え」


 嫌だと思いながら、圧に負けて死体の口元に鼻を近づける。


「これは……」


 微かに、薬品の匂いがする。


「薬ですか」


「そうだ。何か飲まされてるな。死んでから今まで匂いが残ってるってことは、相当強い薬だぞ。お前、現場でこの匂いに気づかなかったのか」


「はい……そっか、香水」


「は?」


「被害者の家には、強い香水の匂いが充満していました。それで」


「なるほどな。犯人は、相当頭の切れるやつらしい」


 宮田はにわかには信じられない。


「でも、やっぱり変ですよ。だって、犯人を僕はこの目で、いや、ログを通して見ています。他に犯人がいるなんて」


「そうやって何でもかんでも目に見えるものを信じすぎるから、本当に見るべきものが見えなくなってんじゃないのか?」


 グッと、言葉に詰まる。

 目に見えるものが真実だ。それの何が悪い。


「とにかく、司法解剖だ。ちゃんと調べりゃ、死因もはっきりするさ」


***


 結果はすぐに出た。死因は出血死ではなく、毒殺だった。

 

 宮田が刑務所にいる岡野あかねに会いに行くと、彼女は驚くべきことを口にした。


「彼との思い出の喫茶店で、私に電話がかかってきたんです。いえ、ワークアームからじゃなくて、そのお店の電話に……。はい、まだあるんです。珍しいですよね。あの喫茶店は、昔の雰囲気を大事にしているお店で、支払いも電子マネーじゃなくて、紙のお札なんですよ。ちょっとしたテーマパークみたいで、面白いですよ。調査官さんも、一度行って見たらどうです? 


 あ、すみません。脱線しました。

 そこで言われたんです。あなたの殺しを手助けしたいって。意識を少しだけ混濁させる薬をあげるから、それを飲み物に混ぜて飲ませろと言われました。


 はい、刃物を持っていたとしても、素面の男に飛びかかるのは危険だからって。失敗しないためだと言われました。彼はお酒を飲まないので……。


 薬の受取場所は喫茶店です。私がトイレから戻ると、席に置かれていたんです。だから、顔は見てません。


 電話の声は変えられていました。私のログを見てくれれば分かるはずです。

 勿論怪しいとは思いました。でも、どうせ殺すつもりだったし、別に何でもよかったんです。


 はい、その人に、死んだ後に彼の目を潰せば、ログは消えるって言われました。嘘だったんですよね。まんまと騙されて、バカみたいです。


 もちろん、言いましたよ! みんなに! ログを見返してくれって頼みました。でも、誰も信じてくれませんでした。私が殺したのは確実だから、言い訳はするなって。確かに私が殺したけど、でも……あぁ、何であんな事しちゃったんだろう。私」


 あかねがさめざめと泣きだした。

 宮田はその顔を見つめ青ざめた。


(まずい。これは明らかに調査官のミスだ)


 あかねの自供を聞いた調査官は、面倒だからとログの再チェックを怠ったのだ。

 宮田は急いで上司に事のあらましを報告した。


 結果、上司から『再調査不可』との結果を告げられる。


「マジっすか……」


 帰ってきた宮田がそのことを亘に報告すると、「名前とやる事は変わっても内部は全然変わってねぇな」と失笑された。


 自分達に不利な物事は見なかったことにする。その腐った体制は今も昔も変わらない。


「どうしましょ。許可が降りなきゃ、ログも見ることができませんよ」


 ログを見るには無限から許可されたIDを使う必要がある。無限が再調査不可といえば、許可を取れてもそのログを見るすべがない。


「俺たちの時代じゃ、そんなものはなかった。問題ねぇ」


「あ、もしかして独断で突っ走っちゃう感じですか? 嫌だなぁ、査定に響くよ」


「じゃあお前は黙って見ていろ」


 少し迷った。亘についていくのは、明らかに自分の評価を下げる。


 だが、


(事件を影で操る、毒薬の使い手……めっちゃ面白そうじゃん)


 好奇心が勝った。


(まぁ、自分の身が危うくなったら亘さんに全部責任押し付けて逃げればいいし)


 逃げ足には自信がある。

 宮田は、亘の後を追った。


 新しいバディの完成である。

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