2章 目に見えない者

第8話 曇った眼

「あー! この事件むりー!!!」


 宮田が叫ぶ。

 本気で面倒だった。大勢の調査官が連日連夜、殺されたゆりあ達のログを洗い出していたが、どいつもこいつも殺された当時眠っていて、犯人の顔を見ていないのだ。


(いや、そんな簡単な話じゃないか)


 これは愉快犯の仕業だ。

 そうでなければ、同じ名前の人間が一夜にして13人も死ぬはずない。

 

 殺人を犯す理由の90%以上は怨恨によるものだ。あるいは自分の欲のため、保身のため、いずれにせよ被害者とは濃厚な関係がある。

 だが愉快犯は違う。見知らぬ男女を、その殺人衝動だけで殺してしまう。そういう奴らはいくら周囲のログを辿ったところで見つけ出せない。


(この事件、絶対時間かかるよねぇ)


 死んだ人順に、時系列に並べてみる。

 移動距離を計算すると、不可能ではない。一見……

 

(移動はテレポーターを使えばすぐだけど、流れ作業のように次々殺していかないとこの時間差で連続殺人はできない。気づかれずに侵入して首の骨を折って、被害者の所持品を持ち出して、次の家へ行くって、はっきり言って無理だよね。複数犯? でも、だったら同時に殺したっていいわけだし……)


 被害者の一人、谷柚莉愛の耳からピアスが引きちぎられている事を発見した調査官は、全ての被害者の部屋を捜査した。最後に被害者が見た映像と事件後の部屋を専用のデバイスにかけ、無くなっているものを洗い出す。

 そして、被害者全員所持品が一つなくなっている事を発見した。


(コレクションでもしてんのかな。イメージ通りのサイコパスって感じだけど)


 宮田は、資料を映したディスプレイをシャットダウンした。


(無理無理! この事件追ったって、絶対僕に利益ないよー)


 仕事してるふりして寝てよう! そう決心した宮田がデスクを離れると同時に、上司から肩を叩かれた。


「宮田くん、ちょうどよかった。君に頼みたいことがあるんだ」


「よろこんでー!」


 居酒屋の店員よろしく声を張り上げる。

 上司の言うことは絶対! というマインドが、宮田の出世を後押ししている。


***



(ここかぁ)


 緑豊かな八王子市の細い路地を通って目的地に到着した。

 今では珍しい平屋建てだ。ここら辺は”昔懐かし”をテーマにしているらしく、やけに田舎っぽい情景を作り上げている。


 小さな畑と、井戸。庭には花。綺麗に手入れされている所をみると、情に熱い人間なのかもしれない。


(それなら、説得もしやすいんだけど)


 宮田はため息をつくと、チャイムを押した。


「すみませーん。ワタリさんいらっしゃいますかー」


 ガラッと、引き戸が開く。

 中から物凄く眼付きの悪いおじさんが、ぬっと出てきた。


(あ、勘違いっぽい)


 全身から感じる近づくなオーラ―にビビりながら、ペコペコ頭を下げる。


「どうも、あの、僕は無限課データ班の……」


「帰れ」


「え?」


 ガラガラと引き戸が閉じられる。


「!」


 寸でのところで、体を無理やり滑り込ませる。


「いやあの! お話だけでも!}


「邪魔だ」


「いや、でも。いたたたた!」


 おじさん、なぜ全く力を緩めないんだ……。


「あの、これだけ、これだけでも受け取ってくだしゃい!!!」


 体がプレスされる前に脱出した宮田は、持っていた資料を手裏剣のように投げる。


 シュッ!


 バタン!

 

 入った!


 ホッと胸をなでおろす。


(今時デバイス使えないって、普通に考えてやばいだろ)


 とりあえず任務終了、となった宮田は大きく伸びをして踵を返す。

 

 先程のおじさんの名前は、亘夢路。62歳。

 元警察官で、ヒューマログの装着が義務づけられる以前には捜査一課で腕を振るっていた伝説の名刑事だ。


 ****



「刑事って、昔あった職業だよな?」


 行きつけの居酒屋で、バイト中だと言うのに酒を飲んでいる看板娘が言った。

 身長148㎝、赤茶色の髪は腰のあたりにまで伸びている。見た目は明らかに中学生だが、これでも25歳。居酒屋で未成年が働かされているという報告があり捜査をしたところ、単なる童顔だったというお粗末な結末だったが、それ以降この店は宮田の行きつけになっている。


「そうそう。ヒューマログがない時代に、ちまちま聞き込みしたり足取り辿ったりして犯人捕まえてた人達」


「おまえ、ほんと口悪いな」


「香苗さんに言われたくないよー」


「うっせえ」


 香苗は、見た目で舐められるのが嫌すぎてどうやったら大人っぽく見られるかと試行錯誤した結果、単なるガラの悪い喋り方が定着してしまったという可哀そうな女性である。声も幼いので凄んだところで何一つ怖くないし、何なら反抗期の中学生みたいでより幼く見える。だがこの滑稽な感じが面白いので、真実を伝えるつもりはない。


「で、なんでその刑事さんに会いに行ったんだよ」


「その前時代的な方法で捜査しなけりゃいけない事件が発生してね」


「あ、もしかして13人のゆりあ事件?」


「あら、早苗さんにはその事件、刺激が強すぎるんじゃない?」


「バカにすんなよ!」


「じゃあお伝えしますけどねぇ、その事件……実は……」


 雰囲気たっぷりに勿体ぶると、


「いや! やっぱりいい! 言うな!!!」


 早苗は顔を真っ青にして奥に引っ込んで言ってしまった。

 怖がりなのだ。


(にしても、やっぱりあの事件有名になってるねぇ)


 今、連日ニュースでは13人のゆりあ事件が話題になっていた。それもそうだ、ヒューマログの設置が義務付けられてから今まで、1か月以上解決しない事件などありはしなかった。


(前代未聞、未解決事件になったりしたら……)


 調査官の面目は丸つぶれだ。一刻も早く解決しなければならない。

 だが、


(その為に時代遅れの刑事の力を借りるなんて、あー嫌だ嫌だ)


 ヒューマログを全て見終わり犯人が見つからないとなった今、他の方法で犯人を探すしかない。だが、無限ではヒューマログを使わない犯人捜査などやった事がなかった。


 ノウハウを持たない上層部は、かつて聞き取りや周辺捜査だけで犯人を捕まえていた”刑事”に力を借りることを思いつく。


 白羽の矢が立ったのが、かつて多くの難事件を解決した刑事、亘だった。


(でも、あのおじさんの協力は得られなさそうだし、僕は適当に仕事しつつポイントを稼ぐ。今まで通りの生き方を続ければいいさ)


 そう、思っていた。

 ドアがガラリと勢いよく開けられる。


「おい! 宮田って奴はここにいるか?」


 しゃがれ声で現れたのは、まさかの


「亘さん!!」


 ワイシャツにしわしわのズボンを履いた亘は、宮田の向かいにドカッと腰を下ろした。


「読ませてもらったぞ。事件の資料」


 威圧感が凄い。この目で睨まれたら、犯人でなくても泣いて許しを乞うてしまいそうだ。


「あ、どうも。いやぁ、まさか協力していただけるなんて、こ、光栄だなぁ」


「誰が協力するなんていった」


 資料が机の上にぶちまけられる。


「この事件について、言いたいことがある」


 それは、岡野あかねが元恋人を刺殺した事件の資料だ。


「あ、しまった」


 亘はデバイスの扱いに疎いので、13人のゆりあ事件の概要は紙で印刷するようにと言われていた。だがあの時、間違えて岡野あかねの事件も一緒に印刷してしまったらしい。


「いや、これは解決済みの事件でして」


「んなバカな事があるかよ」


「え?」


「この事件の犯人は、岡野あかねじゃねぇ。刑事ならそのくらいわかんだろうが!」


 響く怒鳴り声に、店内の客が一斉にこちらを見た。

 早苗なんかは怖すぎて涙目になっている。


(あぁ、理由も言わずに突然の恫喝、だから刑事は嫌なんだ)


 宮田は心の中で毒づきながらも、笑顔は崩さなかった。


「亘さん。犯人が違うって、どういう事です?」




 

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