第7話 別れ

 

 牧は衝撃を受けていた。

 

(これほどまでに、人間と見分けがつかないのか)


 知識としては、知っていた。アンドロイドが人間と見分けがつかないレベルにまで達した時代があった事を。だが、若者がまた暴動を起こさないよう、当時の資料は破棄されていた。故に、これほどまで精工なロボットを牧が見たのは初めてだった。


「お宅のお父さんは条例違反を犯したの。捕まるのは当然なわけよ」


 宮田は、銃口を動かさない。

 放心状態だったケントが泣き出し、女にしがみついた。

 その背をギュッと抱きしめる様は、母親以外には見えない。

 

 女が、縋るような目で宮田を見つめる。


「私が悪いんです。どうかあの人は見逃してください。私が処分されれば問題はないはずです」


「そんな事言ってちゃ、違反は減らないでしょ。罪を犯したんだから、罰があるのは当然だよ」


「この子が一人でいる時間、食事の支度や、掃除をしました。時にはお喋りの相手を。ですが、皆さんに迷惑をかける行為はしていません。この子の安全のため、一人にしておくわけにはいかなかったのです」


「はぁ~。人型はやっぱり面倒だなぁ。口が達者でさ。うっかり本当に喋っているのかと錯覚するよ」


「私は本当に喋っています。貴方に対して」


「違うでしょ。単にインプットされてる事を音として出してるだけなんだよ、あんた」


 宮田の目の奥が、鈍く光る。


「いいかい? 子供の喋り相手になるのは人間でなければならない。ロボットにその仕事をする権利はないんだ。誰にも迷惑をかけていない? 違うね。あんたらの存在は、いるだけで迷惑だ」


 女が、息を飲んだ。

 子供を覆いかぶさるように抱きしめて、泣き始める。


「泣いてる……」


 牧は、本心でそう思った。


「違うってば。そうインプットされてんだよ。ほんと、小賢しいよねぇ」


 女が泣き続けるケントの顔を両手でそっと挟み、その目をのぞき込んだ。


「ケントくん。お姉ちゃん、ちょっとだけ遠くにいくけど、いい子にしていられる?」


「どこにいくの?」


「私が本来、行かなくてはいけない場所」


「僕も行く」


「だめよ。お父さんが帰ってきた時、ちゃんと出迎えてあげなきゃいけないでしょ?」


「一緒に待ってようよ」


「ケントくん、私は……」


 女の目から涙がとめどなく溢れた。

 宮田はそのやり取りに、飽きた。


「ちょっと長いな」


 カチッ


 銃口が、女の額に当たる。


「え?」


一瞬で間合いを詰めた宮田が、冷酷に笑う。


「あんたに帰る場所なんかない。そうだろ?」


「宮田さん! やめてください!」


 引き金が、引かれる。


 バチン!


 電流が音を立てた。

 女はビクンと全身を一度大きく痙攣させ目を見開いたまま……


 もう二度と動くことはなかった。


「ねぇ、どうしたの? ねぇ」


 ケントが突然動かなくなった女の体を揺さぶる。


「ケントくん」


 宮田は、笑顔でその手を女から離した。


「この人はね、人間じゃないんだよー」


「え?」


 苦しい事も、悲しい事も、辛い事も感じない。ただのロボットなんだ。

 

 そう言い聞かせる宮田の声が、牧の頭の中をぐるぐると巡る……。



***


 その日の終わり、牧は辞表を出した。

 次の日には荷物を実家に送り、無限の外へ出て行った。


 宮田は、悲しくはなかった。会って3日しか経っていないのだ。

 それよりも、少しだけホッとした。

 彼の正義感が自分には眩しかったから。


 ケントは、父親が帰ってくるまで施設で暮らす事になった。


 女に縋って泣く、幼い子供の様子は胸にこたえる。牧は自分がやるべき事と自分の思っていた正義との間で揺れ動き、身動きが取れなくなったのだろう。


(まぁ、そんな奴は嫌というほど見てきたけどね)


 この仕事は、理想を持たない方が長続きする。


 報告書をまとめ本社から自分の家へ帰る途中、同僚の立ち話が耳に入った。


「新入社員が辞めたらしい」

「宮田長官のせいだろ?」

「また不気味の谷条約の違反者を捕まえたって」

「せこい捜査でポイント稼いで、恥ずかしくないのか?」


 宮田は嫌われていた。だが、そんな事はどうでもよかった。

 



 宮田の家は、本社から徒歩10秒。ビルとほぼ隣接している場所にある。

 黒い外壁をした一軒家は広く、床下と天井に収納もついている。


 出世すれば、こんな広い家に一人で住める。何不自由なく、生活が保障される。


(そのためにポイントを稼ぐ。なんにも間違ってないじゃん)


 二重になっている扉をあけ、中に入る。


 リビングとは反対方向にある、小さな一室。そこはゴミ置き場だ。

 大きな粗大ごみが一つだけ置いてある。

 捨てよう捨てようと思いながらも何故か捨てられず、そのごみは宮田がここへ引っ越した当初からずっとしまい込まれていた。


 ガガガ……


 ごみから電子音が鳴る。完全に壊れてはいない。


 優一さん……おかえり……なさい


 ごみが、しゃべった。

 耳は作動している。ドアの開閉音に気づいたのだ。

 

 ……


 返事を待ったが、何も返ってはこなかった。

 ごみは、少し悲しくなった。



***

 次の日、宮田は上層部に呼び出しを受けた。


「13人のゆりあ事件の調査を依頼する」


 調査員数が多く、解決したとしても分散されて個人のポイントになりにくい事件を宮田は毛嫌いしていた。

 だから、この大規模な殺人事件が起こった時、彼は一人捜査から抜けて新人の研修に付きそう役を買って出たのである。


(でも、もう逃げ回れないか)


 せっかく入った調査官を3日で辞めさせてしまった事で、宮田のポイントは少し下がった。ここで言うことをきかねば後々仕事がやりづらくなる。


「わかりました。頑張りますー」


 いつものふにゃふにゃした笑顔を顔に張り付かせ、ペコッと頭を下げる。


 物語が、動き始める――





 



 

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