第6話 条約違反
「牧、お前上手くやったな」
同期入社の松田が、出社すぐに牧の耳元で囁いた。
「は? なんのことだ?」
「とぼけんなよ。入社早々ポイント稼いだんだろ? いいよなお前は。最初にチームを組むのが宮田長官だなんて、普通じゃあり得ない事だぞ」
「ポイントって……」
事情を聴いた牧は、急いで職場を飛び出した。
自分を静止する声も、周りの雑音も、何も耳に入らなかった。
***
「どういう事ですか! 宮田さん!」
3日前、ケントと一緒に遊んだ公園で、牧は宮田と対峙した。
宮田はベンチに座り、まっすぐ前を向いている。
目線の先には、ケントの住むマンション。その周りを、捕獲班の職員たちが取り囲んでいる。
「どうって?」
「ケント君の父親を逮捕したって」
「僕言ったじゃん。早く出世するためには、じみーな法律違反をどんどん見つけるのがいいよって」
「……私にケント君のログ許可を取らせたのは、岡野あかねの事件とは関係なかったんですね」
「あ、さすが! 頭の回転早いね、牧くん」
「茶化さないでください!!!」
頭に血が登っていた。自分はこの人の出世の駒にされた、と感じた。パートナーだと思っていた、信頼出来て尊敬できる先輩だと思っていたのに。
「お父さん! ねぇ、どこにいくの!」
ケントの悲痛な声が聞こえる。父親が、捕獲班に連れていかれるところだ。
父親の腕を決して離そうとしないケント。その手は、補導班によって無情に引き払われた。
「彼は、一体何をしたんですか?」
父を求める子供の声が、牧の全身を攻撃した。心が痛い。
「不気味の谷条約違反」
「不気味の谷……」
それは、今から25年前に締結された"人間の形をしたロボットを作成してはいけない"という条約である。
この条約が出来た背景には、人間型のロボット「A10T(エーイチゼロ ティー)」が発売された年に起こった事件がある。
A10Tは、一人世帯の老人 の介護用にと作られた対話型ロボットで、その見た目は人と全く変わりない。主人の趣味趣向を考慮し、主人の喜ぶ事を第一に考えるようにと設定されている。それが、若い単身者に普及した事で、様相が変わりはじめた。
若い男女が、自分好みにカスタマイズしたA10Tを自分の恋人のように扱いはじめたのである。A10Tとの結婚制度を作るように各地でデモが起こり、賛成派と反対派の間では傷害事件も多数起きた。政府はこの現象を重く見て、A10Tの製造を中止する事を発表。
現在製造中のA10Tは見つかり次第破棄され、“不気味の谷条約”によって、ロボットは全て無機質な箱型のも のしか作れなくなったのである。
「日本のロボットは、黄龍清太郎によってその能力を狭められ、また不気味の谷条約によって人との関りを絶たれた。優秀な牧くんなら全部知ってるでしょ?」
「あの父親が、アンドロイドを隠し持ってたというんですか?」
「そいうこと」
宮田はあの日、ドアの隙間から洗われたばかりのコップを見た。綺麗に片付いた部屋からは、家の中で家事を引き受ける存在を感じさせた。
小さな子供が一人きりで留守番するには遅い時間だ。
ふと、宮田の調査官の勘が動く。
父親を見ると、ネグレクトをする様には見えない。ケントも父親を見るなり自分から近づいていく。親子関係は良好。
次に、父親へのログ閲覧許可を取ってみる。激しい拒絶。これは何かを隠していると確信した。
「私を、利用したんですか?」
「利用したなんて人聞き悪いなー。牧くんだってちゃんとポイント貰ったでしょ?」
宮田は牧を利用していた。
実は相手が未成年者だった場合、ログ閲覧許可はその保護者から取らねばならないのである。宮田はあえてその事実を、何も知らない新入社員には伝えなかった。
証拠が出れば、細かい事は詮索されない。
父親がいないところで、ケントと良好な関係を結んでいた牧を使い、ケントからログを取る事に成功した。
閲覧してみると、やはり、彼は家の中で女性型アンドロイドに世話をされていた。
ケントも、家の中にいる彼女のことを外に漏らしてはならないという認識はあったが、別件の捜査で訪れた調査官にログ閲覧の許可を与える事が、彼女の存在を明かすことになるとは考えいたらなかったのだろう。
「あのね、条約違反は立派な犯罪。調査官たるもの、常にアンテナはっておかなきゃ~」
言っている事は理解できる。悪いのは、条約が出来た後もアンドロイドを隠し、息子の世話をさせていた父親だ。宮田はなに一つ悪くない。だが、牧は納得ができなかった。今まで、正しいものは正しいと、惑わされる事もなく生きてきた彼の、初めての困惑だ。
「おい! アンドロイドが逃げたぞ! 追え!!」
怒号が響く。
見ると、調査官をなぎ倒し、ケントをその胸に抱きかかえた女が、マンションの4階から空中にその身を投げ出した。
「! 危ない!」
女はそのまま地上に着陸すると、まっすぐ走り出す。
こちらに向かって……
「危ないわけないよ~。相手はロボットだもんねぇ」
ニヤリと笑った宮田が、腰から小型の銃を取り出した。
「宮田さん、それは」
「ちょっと強い電流が出るおもちゃだよ」
女に向かって、構える。
女の動きが、止まった。
「……見逃してください」
女の口が、滑らかに動く。電子的でも、平坦でもない。
「この子から、父親を奪わないでください」
それは人間の、女性の声そのものだった。
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