第4話 出動


 男の名前は野崎充。32歳。独身で一人暮らし。大手通信会社に勤める営業マンである……という情報は、彼に紐づいているIDからすぐに検索が出来た。


 腹から血を流しているので、恐らく鋭利な刃物で刺されたのだろう。目を潰したのは、恐らくヒューマログの映像を消去しようとしたのだろう、という意見は、現場にいた機動班が教えてくれた、単なる推測だ。


 ヒューマログをみれば犯人は一目瞭然であるから、死因や死亡時刻、動機や性格などを知る必要な一切ないのである。


 「了解。じゃあ後はこっちでやりますよー。犯人分かったら連絡するから、捕獲班への連絡お願いねー」


 はっ! と敬礼した機動班の面々は、そのままあっさりと壁の外へ出て行った。

 残された牧はポカンとする。


「みなさん、帰ってしまうんですか?」


「うん。だって、ヒューマログの映像はデータ班しか見ちゃダメな決まりだからねぇ」


 ワークアームを、ピピピッと操作する宮田。

 機動班が置いていったデバイスを広げ、何やら情報を打ち込む。


「宮田長官、何をされているんですか?」


「なんか急に距離感出してくるじゃん。牧くん」


 冷汗が止まらず、直角に頭を下げる。


「すみません! 長官だとは知らず、数々のご無礼を!!」


 宮田を無限の事務員くらいにしか思っていなかった牧は、これまでの事を思い出し死にたいくらい後悔していた。


「別にいいよ。同じ職場の仲間なんだしさ、呼び方も宮田さんのままがいいし……そういう態度取られるのが嫌で、ID見せなかったんだから」


 少し不満そうに、宮田の顔がゆがんだ。


「僕たちはパートナーなんだよ。だから、今まで通りに。ね?」


「はい……わかりました。宮田さん」


 にひひ、と宮田が嬉しそうに笑った。


「で、質問の答えだけど、これは野崎さんのログIDを検索してるの。ログを見るには本人が持っているIDが必要なんだ。そのIDは随時変わる。生きている人のログを見る場合は、本人にIDを表示して貰わないと検索ができない」


「え! ヒューマログって、検索するだけで簡単にみられるんですか?」


 人の一生の記録が詰まった情報だ。ログを見るには膨大な手続きと巨大な機械と様々なプロフェッショナルな技術が必要だと思っていた。


「ははは。それは夢みすぎー。ヒューマログなんか、手順覚えればだれでも見られるよ? 検索も簡単だし、家でネットサーフィンできりゃ誰でもできるって」


「そ、そうなんですね」


 特別な仕事だと思っていた牧は失望を覚えたが、彼は優秀なので決して表情には出さなかった。


「でも、ログを見るってことは、それなりに責任が伴うよ。人の記憶を、その人の許可なく勝手に盗み見るんだからね」


「はい」

 

 宮田の初めてみる真剣な横顔に、気を引き締めた。


「ちなみに、覚えておいてほしいんだけど、生きている人のログを見るのは、すごーく面倒なんだ。牧くんだって、捜査の為だと言われても自分の人生見られるのって嫌でしょう?」


「いえ、自分は捜査のため、平和の為であれば喜んで協力致します!」


「あ……いや、そう」


 また引かれてしまった。


「とにかく! 普通の人は嫌なの! だから本人の許諾がなければ絶対に見られない。でも、死んでいる人間のログは、誰の許可も貰わずに見ることができるんだ」


 デバイスへの入力が終わった宮田は、目の前を流れる情報の渦に目を走らせながら、牧への説明を続ける。


 そして、被害者、野崎が最後に見た映像を見つけーー


「とか言ってる間に、わかったよ。犯人」


 ディスプレイに、野崎が見た最後の映像が映る。




 女だ。


 前髪が長く、取れかけのパーマが肩のあたりで揺れている。


 泣いている。


「ふざけんじゃねぇ! バカにしやがって! 殺すぞ!」

 

「やめろ。落ち着け、あかね」


 野崎は必死に女を落ち着けようとしているが、効果はない。


 泣き叫び、持った包丁を野崎の腹にめり込ませた。


「……」


 野崎は自分の腹の中に納まった包丁を見て茫然としている。


 野崎の視界が暗くなる。


 目を閉じたのだ。


 女の泣き声が遠ざかっていく。


***


 宮田はそのまま、過去のログを洗い出した。


 犯人の名前は岡野あかね。21歳。

 野崎の元恋人だった。


 行きつけのカフェで知り合うという、少女漫画のような出会いをしたが為に、あかねはこれが運命の恋だと舞い上がってしまったのかもしれない。


 野崎は軽い気持ちで結婚の約束をしたが、会社の重役の娘との結婚が本格化してくると、あっさり彼女を捨てた。


 腐るほど耳にした、安いドラマみたいな筋書きだった。


「牧くん、彼女の家はここから歩いて10分の距離にあるみたい。捕獲班が来るより僕たちが行く方が早いから、行ってみよっか」


「え? でも逮捕は捕獲班の仕事ですよね。そこまでやっちゃっていいんですか?」


「本当はダメなんだけど、僕はいいの。出世してるとお得な事いっぱいあるから、牧くんも頑張んなよー」


「はぁ」


「じゃあ僕からのワンポイントアドバイス~! コネもカネもない調査官が出世するには、ポイントを稼ぐことが大事です。ポイントってのは、検挙率。殺人犯を捕まえるのはもちろんだけど、もっと地味~な法律違反を犯している連中を、ちょこまか捕まえていくのが意外と大事。僕が出世したのは、そういう地味な検挙をいっぱいやってたからだよ」


「な、なるほど。小さな犯罪も見逃さないということですね。感服します」


「いや、そんな立派なもんでもないけどねぇ……」


 そう苦笑しながら、さっさとデバイスを片付け、宮田は壁の外に出て行ってしまった。急いで後を追う。


 (この人、やっぱり凄い……!)


 やり方を覚えれば誰でもできる仕事とは言ったものの、ここまで早く犯人の名前、動機、居場所がわかるのはすごい事だ。研修で、ログを使っても犯人逮捕までに使う時間は早くて3日と聞いたことがある。宮田は状況判断が早いのだろう。


 「待ってください! 宮田さん!」


 初めての事件に、牧は興奮していた。



 だが、この3日後、

 牧は調査官を辞める事となるーー

 


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