第3話 彼の正体

 9月23日。首都・東京に出ると、街は何やら騒がしかった。

 高層ビルの上に設置された巨大ディスプレイに、「ロボット工学の権威、黄龍清太郎氏危篤」の文字が浮かび、続いて清太郎氏の妻、黄龍智子の映像が流れる。


「我が黄龍家の人間は、そう簡単には諦めません。彼はきっと、また目を覚ますでしょう」


 御年76歳とは思えぬほどの眼光を持った老女は、画面に向かってそう断言した。


「心配ですね……」


 現場へ向かう途中、牧はポツリとつぶやいた。

 宮田はふっと鼻を鳴らす。


「別に、僕はどうでもいいよ。知り合いでもなんでもないし」


「ちょっと! 宮田さん」


 牧は急いで宮田の口をふさいだ。そばを通った人が、チラリと宮田たちを睨む。


「そんな事、大声で言っちゃダメですよ。黄龍清太郎のファンは多いんですからね」


「はーい。めんごめんご」


 宮田の周りには、箱型のロボットが縦横無尽に動き回って仕事をしていた。

 ただの四角、三角、時には丸い形をした彼らは、街のゴミを拾ったり、交通規則を守らせたり、機械の修理をしていたりする。


「ロボットの地位がここまで下がったのも、黄龍ぱいせんのおかげだもんねぇ」


 かつて、ロボットの能力が人間を上回ってしまった時代がある。

 宮田が生まれて間もない頃だ。


 研究者たちは我先にと優秀なロボットを作ったが、それに伴い人間の生活は変化した。ITの進化で仕事を奪われた人々の怒りが爆発し、多数の死者も出した。


(一番酷かったのは不気味の谷条約が締結されたあの年だけどね)


 宮田は自身が8歳だった時の記憶を振り返る。

 思い出したくもない記憶だ。


 黄龍清太郎(その頃はまだ津崎清太郎だった)は、ロボット工学の最先端を走る科学者だったが、人権派を謳う黄龍財閥の娘、智子と結婚し財力と権力を手にした事で、大胆な政策を打ち出す。


 「ロボットは人間に作られたものであるから、人間以下の扱いを受けねばならない」という主張である。


 ロボットを作り、その進化に命を懸けてきた清太郎が、心の底ではロボットをそこまで下に見ていた事に、幼かった宮田は少なからず衝撃を受けた。


 清太郎のおかげで、ロボットの進化は止まった。

 IT業界の中心部で活躍していたロボット達は、単純作業や汚い仕事、危険な仕事など、人が働きたがらない場所でしか使用されなくなった。最低限の言葉しか話さないし、大量生産されているので見わけもつかない。


 ロボットの脅威から解放された人間たちは清太郎に感謝した。そして今、その清太郎が死につつある。危篤の情報が流れたのは昨日だ。いつまで持つかはわからない。


「牧くんはさぁ、人間そっくりのロボットなんて、見た事ないでしょ?」


「はい。実物はありません」


「だよねぇ」


 不気味の谷条約についての説明は、また後ほど。


「はい、とうちゃーく」


 視線の先、家と家の間に、明らかに不自然な壁ができている。

 中にあるものを見せたくない時に使われるプロジェクションだ。


 ゴクリ、と牧の喉が鳴る。


 壁の中に入り込むと、最初に血の匂いがした。次に、強い香水の匂い。


 開け放たれた一軒家のドアの中、玄関口で上向きになって絶命している男がいる。


 うっ、と目を逸らす牧。

 男の目は、両方とも潰されていた。


「あぁ、香水の匂い強いね。鼻がバカになりそう」


 宮田は死体には見向きもせずに言った。


「で、状況教えてくれる?」


 宮田が笑顔で言うと、沢山いた無限の職員たちが、一斉に姿勢を正した。


「お疲れ様です!宮田長官!」

「わざわざお出向き頂き、ありがとうございます!」


「気にしないで、今日僕以外みんな忙しいみたいだから。あ、この子今日から入った牧くん。みんな、よろー」


 宮田が、牧の背中をパシパシ叩きながら言う。


「はっ! 牧調査官、よろしくお願い致します!」


 一斉に敬礼をうけ、テンパっている牧は、言葉も出ない。


「あ、え、あ」


「どうしたの牧くん。壊れた?」


「で、ど、どう、え? ちょう、長官?」


 長官と言えば、調査官の中ではトップクラスの階級である。


「ああああの、宮田さん。歳、は?」


「えっとねぇ。35!」


 信じられない。22の自分と2.3しか変わらないと思っていた。


「僕、童顔に見られるんだよねぇ」


 にやけるな。そんな事はどうでもいい!

 やばいやばいやばいやばい


 牧の脳内に、今までの宮田とのやり取りが蘇る。


「あの、宮田さんは、その……」


「宮田長官、ご苦労様です」


 近づいて来た起動班のトップと宮田は、互いにワークアームでIDを見せ合う。

 宮田のIDには、まごうことなき”長官”の文字。


「あ、あぁ」

 

 膝から崩れ落ちる牧。

 20代で長官に上り詰めたデータ班始まって以来の天才がいるのは知っていただ。だが、


(まさかそんな感じだとは思わないじゃないですかぁ~)と、誰かに向かって叫びたい気持ちを、牧ぐっと抑えた。

 


 



 

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