第2話 新人研修


「じゃあ、今からいよいよ! 無限の本社に潜入しちゃいまーす。こちらへどうぞー!」


 テーマパークの職員のようなノリで、開かれたドアの奥へ牧を案内する宮田。


「はぁ、あの、お邪魔します」


 牧は恐る恐る足を踏み入れながら、なんか思っていたのと違う!! と心の中で叫んだ。子供のころから憧れていた無限の本社に入るのに、こんな軽い感じは正直嫌だった。


「こっから先は部屋毎にセキュリティがあってね。階級や部署によって入れる部屋と入れない部屋があるんだけど……まぁ、そこら辺は気にしなくていいよ。入れたら入っていい場所、入れなかったら入っちゃダメな場所ってだけだから」


「はい」


中は蟻の巣のような状態で、無機質で白い廊下の先に、無数の小部屋がつながっていた。


「では、こっから超絶意味のない新人研修をはじめまーす! 右に曲がってー」


 曲がると、小さな会議室。中には椅子が一脚だけ置いてある。


「ここで”無限”が出来た経緯とか、調査官という職業がどれだけ意義のある仕事か、とかを長々説明されます! 愛社精神たっぷりのくそ面白くもない映像を無理やり見せられまーす」


「いや、その言い方は……」


「まぁ、社会人になるって言うのは、意味のない伝統やルールに縛られるって事でもあるから我慢しましょ。よろー」


 そう言って宮田が出ていくと同時に、部屋の明かりが消え、3D空間が出現する。


 壮大な音楽とともに、映像が始まった。


”ヒューマログの開発によって、世界のビッグデータを取り巻く環境は目まぐるしく進化をしました”


 耳に心地よい女性のナレーションが、映像にかぶさる。


(確かにこれは……)


 今更調査官が出来た経緯など教えてもらわなくても、そんな事は小学生だって知っている。


 ヒューマログ


 それは簡単に言えば、人間の脳に埋め込まれたビデオカメラのようなものだ。


 人間は、名前を与えられると同時に脳の奥に“ヒューマログ”を埋め込まれる。この世に誕生した数時間後から、目で見た物事の全ては録画され、その膨大なデータは一括してビッグデータ管理システム“無限”にて管理されるようになった。


 無限のデータは国家機密の情報として、身分を保障された限られた人間しか閲覧する事が出来ない。だから無限に勤める事は、何よりのステータスになった。


 このシステムが確立された事で、消滅した仕事がいくつかある。


 その一つが警察官だ。


 ヒューマログのおかげで、未解決事件はなくなった。その人の目に映った瞬間にデータが無限に移動する為、殺された人間が最後に見た犯人の顔も、はっきり映っているからだ。

 その人が殺人にいたるまでの経緯も状況も、無限の処理能力を持ってすればすぐに判明する。そのため、裁判所もなくなった。


(絶対に捕まるというのに、未だに殺人が無くならないのは、嘆かわしい事だよな)


 突発的な殺人や愉快犯の犯行等、 ヒューマログの設置が義務付けられた後も、殺人はなくならなかった。だが犯人を捜す必要はなくなったため、警察官という職業は消滅し、犯人のデータを調査する”調査官”という職業が生まれたのだ。


 「あれ? ちゃんと見てたんだ。牧くん、真面目だねぇ」


 映像が終わると同時に入ってきた宮田は、牧が居眠りすることもなく映像を見ていた事に心底驚いていた。


「改めて、調査官の仕事の奥深さを感じました」


 まっすぐな目で答えた牧に、宮田は若干引き気味だった。


 ピピピピピピ!!!


 突然、宮田のワークアームが鳴りだす。


「おっと。呼び出しだ」


「呼び出し?」


「そうそう。事件発生したって。牧くんも一緒に現場いこー」


「え?」


 何故、入社1日目の牧が捜査に呼ばれたのかというと、この時調査官は、同じ名前の13人が一夜にして大量に殺された事件の調査に付きっ切りで、人数が足りていなかったからだ。


 上層部は皆、パニック状態だった。だから、小さな殺人事件などに人員を割けなかったのだ。



 犯人の顔が映っていないーー

 13人のユリア事件の概要が明らかになるまでには、あと少し時間がかかる。

 

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