第10話 静かな戦い
翌日、健一は再び太田と会う事にした。
「驚きました。もっと時間がかかると思っていました」
「思いも寄らぬ所から欲しいと思っていた情報が届いてね」
「・‥」
「・‥確認しておくが、あんたの信頼できる仲間は組織の中枢部にいるか」
「当然です。設立当初から共にしてきた者はもちろん、次代を担う若手も大勢いますよ」
「その中に優秀なプログラマーと優秀な精神科医。それと優秀な行動心理学者はいるか」
にっと意味深に微笑む太田。
「当然です」
「敢えて言うが、敵、に悟られず連絡は取れるか」
「問題ありません。そちらはすでに確立してあります」
「ああ、先日のほとんど整理はついた、というのはそう言う事か」
再びにっと微笑む太田。
「それなら頼みたい事がある」
「何なりと」
「この中に今回、僕がやりたい事を入れておいた」
そう言ってSDカードを渡す。
受け取った太田がタブレット端末を出し、SDカードを挿入しデータに目を通す。
「ああ、ご心配なく。これは完全なスタンドアローン端末です。しかも一定時間隔でデータ領域を0と1で上書きし、完全に消します。もちろんLOG等の解析も出来ないようにしてあります。優秀なプログラマーの監修で」
そう言いながらデータを確認する太田。
「うむ、さすがです。と、言いたいところですが、よろしいのですか」
「・‥僕はね、出来れば誰も傷つけたくないと思って生きてきた。けれど何かの間違いかそういう訳には行かない時間を生きてきた。今回も出来れば誰も傷つけたくない。しかし今回はそういう訳には行かない。だが、最少人数に抑えたい。そのためにはこれがベターなんだ」
「・‥判りました。早速手配いたします」
「僕の方も準備を始めておくよ」
「一つ聞いてもよろしいですか」
「良いよ」
「いつもはご自分を”俺”と表現していましたが今回は”僕”と表現されている。何か意味はあるのですか」
「僕の心を見透かしているのかい?多分、太田さんの想像通りだよ」
「・‥私が言える立場ではありませんが、あなたをこの世界に引き込むべきでは無かった」
「これもまた”俺”の人生さ」
そう言って太田に背を向けて出て行く健一に、太田が一礼をする。
健一のデータを太田が確認して一年近く経過していた。
その間、組織も太田も健一も、普段とほとんど変わらない毎日を過ごしていた。
「父、この頃また変だぞ。でも前のような匂いじゃ無い」
「何だ?健太。父さん、変か?」
「うーん。それが良く判らん」
「?父さんにも健太の言っている事が良く判らないな」
「俺にも判らない」
「何だそれ。じゃあ、お前の気のせいだよ」
「・‥」
健太には確かにいつもとは違う何かを健一から感じるのだが、これまでのようにそれがどういうものか判別できずにいた。
それ以降、健一は作品の制作に没頭しているため、健太は仕方なく自分の粘土細工に気を向けるしか無かった。
昼になり、健一が健太に言う。
「父さん、ちょっとだけ出かけるから、お前は喫茶店で待っていてくれないか。もちろんクリームソーダを頼んでも良いぞ」
「判った」
歩いて健太をいつもの喫茶店に連れて行きマスターに声をかけ、そのまま健一は駅の改札へと向かう。
改札を抜け、ホームに出るとすぐに電車が来た。
それに乗ると、街外れの新興住宅地になっている地域の駅で降りる。
以前は畑が多かったところだが、今では宅地化が進み大型商業施設もある。
それに伴い、さらに宅地化や企業の支店等が建てられてゆく。
その中の完成間近のビルに健一は入っていく。
ビルのオーナーと健一の作品をどこに、どれだけ置くかを商談するためだ。
各階にどこの会社のどういう部署が入るか可能な限り確認し、そのイメージに合わせた作品を選ぶ。
最も、入って来る会社が気に入らなければ撤去する事になるだろう。
しかしこれまでの経験から、そのような事は無いだろうと健一は確信していた。
その評判を聞き、ビルのオーナーも健一に依頼をしたのだ。
オーナーの配慮により、駐車スペースも多めにある。
防犯、防火対策も高度なものが導入されていた。
非常時、脱出する装備も標準で導入されてあった。
「わざわざすみませんね、渡辺さん」
渡辺とは健一の姓である。
「全然。それより私の作品を選んで下さり、ありがとうございます」
「何をおっしゃいます、ご評判は私も聞いておりますよ」
「怖いなぁ、それでは良くない評判もですよね」
「芸術作品とはそう言うものではありませんか。私はこの目で見てこれだと思いましたよ」
「うれしいな、では小林さんに迷惑をかけないよう提案させて頂きます。もちろん小林さんのイメージに合わせての提案ですが」
「いや、渡辺さんのイメージで提案して下さって、構いません」
「これは責任重大ですね」
「ははは、どうぞお気軽に。ところで申し訳ありませんが実は今日、ここに入るテナントの重役さん達が設備の確認に来る事になったのです」
「それでは日を改めましょうか」
「いえ、それは構わないと先方も言っておりました」
「では、挨拶しておいた方が良いかもしれませんね。先方の好みの判断材料にもなりますから」
「ああ、そうかもしれませんね。一応確認します」
するとオーナーの携帯端末に守衛室から連絡が入る。
「どうやらその方達がお見えになったようです」
「私はどうしたらよいのかな」
「どうぞこのまま確認を続けて下さい」
「では又、後で連絡下さい」
「判りました」
エレベーターで下に降りてゆく小林を見送ると健一が呟く。
「さて、と。・‥始めますか」
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