第11話 誘導

 設備の確認に来たのは今回のターゲットとなる者達だった。

ほぼ確認の終わった健一は、オーナーの小林に挨拶をするため一階のロビーへ向かう。

守衛に挨拶をし、小林に連絡を入れて貰う。

防犯設備の施工と確認に業者が来ていた。

少し待たされたがオーナーと連絡が取れたようだ。

「オーナーがお客様に会って貰いたいと言っておりますが」

「判りました。どちらにおられますか」

「五階におられます。そのフロアは全て今度入られる会社ですから、そのまま部屋に入って下さいとの事です」

「判りました。ありがとう」

そう言って健一はエレベーターで五階に向かう。

五階で降りると出入り口は一つで、そのドアをノックする。

ドアが開きオーナーの小林が健一を迎い入れる。

「こちらが今回、美術品を担当して頂く渡辺さんです」

「初めまして、渡辺健一と申します。今回このビルの美術品を提案させて頂いております。専門は金属造形品ですが、知り合いには絵画を専門にしている者もおります。可能な限りご要望にはお応えしたいと思います」

「初めまして、あなたが渡辺健一さんですか。お名前は存じ上げております。評判は私どもも存じております」

名刺を渡しながら内藤は健一を観察するように見る。

顔は笑顔だが、目つきは鋭く光るものがあった。

守衛から小林に連絡が入る。

「すみません。防災、防犯の業者が確認したい事があるようで、戻らなければならなくなりました。お渡ししたセキュリティーカードでお借り頂いた全てのフロアは入室できます。用件が済み次第戻りますので少しの間失礼させて頂きます」

そう契約する会社の重役達に言うと部屋を後にし、エレベーターに乗り込む。

少しの沈黙の後

「渡辺健一さん。一度お会いしてみたかった」

「見た通りの冴えない男です」

「何を言いますか。この組織がここまで成長したのはあなたに依るものが大きい」

「いや、皆さんのような優秀な方が大勢おられるからでしょう」

「・‥」

再びしばしの沈黙。

「あなたが今、ここにいるのは偶然では無い。判っていますね」

「そうでしょうね」

男の問いに答える健一。

空気が緊張したものに一瞬で変わる。

「ここの美術品担当になるよう、あなた方が仕向けた。今日、この時間にここに来るようにも」

にっ、と内藤が笑う。

「本来、ここは太田達の新たな拠点となる予定だった。それはあなたも知っていたはず」

「なのにあなた方がここに居る」

「その意味は判っているでしょう。あなたは我々と共にいるべきだ」

「いや、あなた方の考えには賛同出来ない」

「・‥残念な事です」

内藤がそう口にしたのを合図に部屋中が殺気で満ちる。

「あなた方が今、ここに居るのは偶然と思うか?」

健一の問いに戸惑うように内藤が口を開く。

「誘導されたのは我々の方だと?」

「優秀なプログラマーによるハッキングと映像加工。それと優秀な精神科医と行動心理学者が連携、加工した映像を利用し対象者の行動を誘導する。あんたらがやりたい事はそういうことだろ?それを実行して見せただけだ」

「・‥つまりお前のターゲットは私たちという訳か。だが、そんな事は想定済みだ」

「それなりの準備はしてきていると言う事か」

「当然だ」

「一つ言わせて貰って良いか」

「世辞の句でも詠むのか」

「優秀なプログラマーによるハッキングと映像加工。それと優秀な精神科医と行動心理学者が連携、加工した映像を利用し対象者の行動を誘導する。どの人材もこの組織にはもういるからな」

「そうすれば犯人など不要な処理がこれまでよりも早く実行可能になる」

「確かにこれまでの俺達のやり方よりも確実に早くなるかもしれない。だが、それは諸刃の剣だ」

「判っているつもりだが、一応聞いておこう」

「この手法は映像の加工が判らないから有効なだけだ。加工がばれてしまえば逆にそれが証拠になる。現在の技術では加工が判別できなくともそういった技術は日々進歩している。加工と判別される様になるのもハッキングを逆追跡されるのもお前達が考えているより早いだろうさ」

「ははは、今の警察には2年解らなければ問題ない。再捜査などされない」

「・‥現場にはお前の考えているより優秀な刑事は大勢いるぞ」

「そいつらの上の警察官僚どもが気づかなければ問題ない」

「この組織はその警察官僚の、上層部の考案だろう」

「・‥」

「何のことは無い。非合法な組織には非合法な組織で対抗という、よくある陳腐な話を警察庁が秘密裏に実際にやっちまったって事だ」

「そんな事は知っている。・‥我々がやろうとしている事は崇高な事だ」

「崇高?あんたらは自分の事しか考えていない。この組織の、何十年先の事は何も」

「我々は間違った事はしていない。法で裁けない悪を裁いているのだ。その効率を良くしようとしているだけだ」

「確証も取らず、効率を上げる事が良い事なのか?」

「確証は取っている」

「映像とか手近な情報でな。それが問題なんだ。自分たちの都合で裁判無しの死刑判決を大量に出してどうするんだ?」

「我々は正義の味方では無いからな。疑わしきは罰するのだ」

「確かに正義の味方では無いな、そこだけは同意見だ」

「なら我々に付け」

「その気は無い、と先程も言ったはずだ。・‥あんたはこの組織を自分の、いや、自分たちの思うように使おうと山岸と画策した」

どよめきが起きる。

内藤にでは無く、山岸の名前が出た事に対してだ。

「内藤。お前、山岸と通じていたのか」

「山岸は警察組織のナンバー3の地位にいるが、野心家で裏では犯罪組織との繋がりも噂されている様な男だぞ」

「それではお前が掲げていた事と矛盾するだろう」

「そうだ。警察組織という枠から外れ、国家と連携するのじゃ無かったのか」

他の反乱分子が口々に異を唱える。

内藤が言い放つ。

「国家だと?この国にはそんなものなどもう存在しない。無能な政治家とそれに忖度するバカな官僚どもが壊してしまった。それを根本から再生するためだ」

他の者たちは納得は出来無いまでも、その意見には賛同の様だ。

「無能とバカか。俺には彼等を裁けるほどの愛国心は無い。けれども彼等を当選させてしまった自分達の事を言われているようで耳が痛いな。・‥彼等を粛正するのか?」

健一が静かに問う。

「そうだ」

「その後には誰が着くんだ?」

「我々が選んだ優秀な人材だ」

「我々、とはお前と山岸が選別した人材をか」

「そのために準備はしてきた」

「我々は聞いていないぞ。我々は一体どうなるのだ」

他の反乱者達がどよめき出す。

そして内藤へ口々に詰め寄る。

「今更何を言っている。このプロジェクトはもう動き出したいる。お前達の協力のおかげでな。その関係はこれからも変わらないだろうと言っておく」

少し間を置いて健一が問う。

「・‥内藤に賛同しない者はここから出て行ってくれるか」

しばし沈黙の後、全員が部屋に残る。

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