第9話 晩餐

 山本がくれた情報は健一が欲しいと思っていたものばかりだった。

きちんと整理された正確な情報は正しい判断をさせてくれる。

「うん。する事が見えてきた。後はどう展開してどう結果に導くかだな」

これまでのような暗い影は微塵も無い。

まるでゲームを楽しむ子供のような表情で思考する健一だった。

純粋に趣味を堪能しているのだろう。

気がつけばあたりは暗くなっていた。

「いけね、もうこんな時間か。早く帰らないと」

足早に帰路につく健一。

マンションの出入り口ロビーに健太が立っていた。

「ただいま。健太」

「お帰り、父。今日は良い事があったのか?」

「何故だい?」

「今日の父はとても良い匂いだぞ」

「そうか。・‥匂いの事、百合子さんや由美に話しているのかい?」

「言った事はあるけど、変な顔をするからもう言って無い。幼稚園の友達も変だって言うから父にしか話さない」

「そうだな、それが良い」

「父には俺の言う事が判るのか?」

「父さんも昔はそうだったなって」

「今は違うのか」

「匂いはもう忘れてしまったけど、違う感じ方をしている。だから健太の言う事は判るよ」

「どんな感じ方?」

「うーん、言葉にするのは難しいな。うん、例えば百合子さんが怒っている時、健太は匂いで判るだろう?」

「うん」

「でも父さんに匂いは判らないけど、怒っているのは判る。いつも一緒にいる由美でも気がつかない程度の事でもね」

「・‥良く判らん」

「はは、言葉にするって難しいな。皆には内緒な」

「判った。けど、浩二も判るって言っていたぞ」

「あの人の感覚は特別だ。でもお前の事も、父さんの事も、内緒にしておいてくれるかい」

「うん。言うと浩二も怖い顔するから言わない」

「そうだね。それが良い」

そう言って健一は健太を抱っこする。

「お前、また重くなったな。少し背も伸びたか?」

「俺はせいちょうきってやつだぞ。すぐに大きくなるって百合子さんも言っていた」

「そうだな。成長期だな。もっと大きくなって百合子さんや由美、美幸も守ってくれよ」

「俺は正義の味方だぞ。みんな俺が守るぞ」

「うん、頼んだぞ」

「頼まれたぞ」

エレベータが住まいのある階に着く。

「ただいま」

「お帰り。今日はちょっと遅いわね。健太、ずっと待ってたのよ」

「健太、お前ご飯まだ食べてなかったのか」

「今日は百合子さんと父と由美と美幸と、みんなで一緒に食べる日だ」

「えっと、今日は何かの記念日だっけ」

「最近のあなたが変だって、健太が。だから今日はみんなで一緒に食事するんだって」

健一が健太の頭に手を置き

「そうか。ありがとな、健太」

健太が健一を見上げいつもの様に、にっと笑顔を向ける。

「まあメニューはいつも通り、ありきたりですけど」

と、二人を見ながら由美が言う。

「いや、家族の笑顔と一緒にする食事は最高の晩餐だよ。いつもありがとう、由美」

そう言われて、頬をほんのり赤らめる由美。

その由美を見つめ、締まりの無い顔になる健一。

「ごほん。・‥そろそろ食べ始めてもよろしいかしら。健太は待ちきれないみたいですけど」

いつの間にか健太は食卓の自分の定位置に座っている。

「ゆ、百合子さん。すみません、遅くなりました」

「いつまでも仲のよろしい事で。ごちそうさま」

「百合子さんは食べないのか?ごちそうさまは食べてからだ」

間を置かず健太が言う。

「まあ、そうね。ではみんな席についていただきましょう」

全員席に着く。

「それでは、頂きます」

「「「頂きます」」」

百合子の後、皆が手を合わせ唱和する。

食卓の笑顔の中心はやはり健太だった。

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