第8話 戦う者達

 今回は健一にとってもかなりの難題なのは間違いなかった。

太田の情報、資料には偏見は全くない。客観的に捉えられている。

偽りは無いだろう。

しかしそれだけで対象を絞る事が果たして正しい事なのか。

健一にとって不本意な点は、これまでは命まで奪う事はせずとも社会的に抹殺すれば良かったのだが、今回はそういう訳にはいかないという点だ。

生き残りが出れば新たな対抗組織を造るだろう。

それはすなわち自分たちやその家族、そして周囲の人間をも危険にさらす事になるからだ。

「ふう」

大きなため息をつく健一。

(大体抑えるべき人物は絞れた。確かにこの人達のやろうとしている事は問題ある。しかしそれはあくまで俺の倫理上での判断だ。果たしてそれが正しいか?それを根拠に行動する事は裁判無き死刑判決を出す事と同じだ。組織の事自体、俺の憶測でしか無い。その組織を守るために命を奪う事が果たして最善の策なのか?他にベターな何かは無いのか。3ヶ月欲しいとは言ってあるが、倍以上必要になるかも)

資料、情報を見返せば見返すほど悩む健一だった。

(情報が足りないな。自分自身で少し動いてみるか)

幸い今日は健太も来ていない。自由に動く時間がある。

そう思い立ち上がろうとした時だった。

「よぉ」

と、声をかけられはっとする。声をかけられるまで全く気づかなかった。

そこには山本刑事がいつもとは違う顔で立っていた。

「何難しい顔してんだ?お前には似合わねえよ」

「山本さん、脅かさないでくれよ。山本さんこそ今日は怖い顔をしている」

「・‥。ちょっと話をする時間はあるか」

「俺は芸術家だぜ。制作が始まるまでは忙しいなんて事は少ないよ」

「・‥確かに芸術家だな、違う意味でも。全く尻尾をつかませない。この俺にまでな」

「何を言っているんだ?また10年程前の事をぶり返そうって事かい」

「いや、その後の事だよ」

「・‥。なら知っているだろう。俺は真面目に芸術作品を造っている。あんたは芸術作品とはいつまで経っても認めてくれないが」

「お前、自分があの頃と雰囲気がずいぶんと変わったの、自分自身気づいているだろう」

「・‥」

「俺はお前と同じ雰囲気を持つ者たちを知っている。職業柄な」

「・‥」

「俺はな、義兄が俺を庇って撃たれた後からある組織をずっと調べてきた」

「百合子さんから聞いたよ。詳しくはさすがに話してくれなかったけどね」

「なら話は早い。調べてきたのはその組織だけじゃ無い。その対抗組織というか全く別の思想の元、作られた組織もだ」

「思想の元、作られた?」

「そうだ」

「まるで誰が何のために作ったか、知っているような口ぶりだな」

「そうだよ」

「・‥」

「だからお前のもう一つの顔の事も知っている」

「何のことだか」

「まあ、いい。今日はもう帰るさ」

そう言うと、いつものとぼけた顔に戻り踵を返して出て行く。

出る間際右手をすっと挙げ、じゃあなというようなそぶりをする。

(相変わらず怖い人だ)

ふと山本の立っていた位置に何か落ちているのが視界に入る。

「USBメモリじゃないか。一体」

はっと思い早々USBメモリの中身を確認する健一。

「これは」

そこには山本がこれまでに調べてきた情報が丁寧に整理されていた。

「参ったな、これは。山本さん、どれだけ捜査能力に長けているんだ?」

優秀な刑事が10年以上に渡り調べてきた、健一も知らない情報が多々あった。

「山本さんもずっと戦い続けてきたんだな」

健一は山本に何かを託されたと感じた。

なぜだか重いものを背負わされた気持ちにはならなかった。

むしろ進むべき道筋を示されたようだった。

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