国王様の退位後は冒険者です

八神 凪

第三の人生の幕が上がる(そして降りる)

 ワー……ワー……


 馬車から立ち上がって国民に手を振る息子に、俺は感慨深いものを感じながら頷く。


 今日は戴冠式。


 俺の息子であるマルクが王位を継ぎ、今日から国王はこの俺、クリストフからマルクへと代わるのだ。俺も三十年前に親父から王位を継承した。

 もう親父も母さんも亡くなってしまったけど今でも覚えているよ。


 「立派になりましたね」


 「ああ、私とお前の息子だ。当然だろう?」


 「ふふ、そうですわね。それに、レナも良き妻となってくれそうですよ」


 「泣かせたら戦争だからなあ……」


 レナ、とはマルクの嫁で隣国‟ギュレイス”のお姫様だ。ギュレイスの国王‟ユベリウス”はまだ現役で俺のことを気にいっている。歳もそれほど変わらないのもあるが。


 そのユベリウスが是非マルクの嫁に、とお見合いさせたら、マルクもレナに惹かれ、上手くいきめでたくゴールインって寸法だ。

 

 結婚式の時は酔いながら泣き笑うと言う器用なことをしていたっけなあ……そこで、泣かせたら戦争だと冗談めいて言っていた訳だ。


 そうこうしていると、パレードも終わり城へと戻ってくる俺達。玉座にマレクが座り、王の証であるクラウンを頭に載せると、蒸気した顔で俺に言う。


 「父上、お疲れ様でした。父上の築いたものを壊さず、それ以上の国にします! もし間違った道を進もうとしていたらその時はお叱りください!」


 「お前は聡明だから、心配することは無いな。……一つ忠告だ、女関係は気をつけろ……レナにちゃんと相談するんだぞ?」


 「うふふ、お義父様ったら。子ができた時の側室ならわたくしは問題にはしませんわ」


 「そ、そうか」


 俺の時は大変だったが、レナもそういう気がありそうだな……ちなみに俺の妻であるリアは別の国‟ウインドル”から娶った。

 気は合うし、王族なのに偉ぶったところがないのが良かったな。ま、女性関係はうるさかったがね。それでも、人と分け隔てなく接する姿は、他の誰にもない魅力だった。


 「あなた、そろそろ」


 「そうだな。私達は今後、別宅で暮らす。これからはお前が国王だ、しっかりな」


 「はい!」


 俺はリアと一緒に以前から用意していた別宅へと移動する。風呂に入り、寝室へ行くと、ワインを持ったリアがウインクして俺にグラスを預けてきた。歳をとっても美人だな、と思わずにやけてしまう。


 「改めてお疲れさまでした、あなた」


 チン……


 「ありがとう。この三十五年、無我夢中だったけどお前のおかげでやっていけたよ」


 「こちらこそありがとうございました。あなたと夫婦で本当に良かった」


 クイッとワインを飲み干すと、リアは続ける。


 「肩の荷が降りましたわね。後はのんびり余生を過ごしましょう!」


 「ああ……そうだな……」


 退位し、国は息子に譲った。俺の人生は色々あったけど、おおむね良かったと思える。目を瞑ると思い出が甦る……悔いの無い人生、だった……


 ――と、思ったところで俺はパチッと目を開き、リアの目の前で叫ぶ。


 「悔いは無い! 無いけど、面白みが無い人生だったよ!」


 「ど、どうしたの、あなた……?」


 「だってそうだろう? お前は知っているけど、俺は異世界の転生者だ! 転生して前世の記憶を持ってたら普通、ほら、冒険者とかになって魔王を倒すとか使命を持たされるわけだ。だけど俺はどうだ? 第一王子として産まれ、遊ぶことはおろか城の外に出るのもままならない……! 不自由はなかったけど、異世界の醍醐味はまるで味わえなかった! 魔法も憧れたけど、使う場面は限られているしな。儀式で聖杯に火をつけるだけとかめちゃくちゃ面白くないっての! だいいち魔王が居たのに、物心ついた時にはもう倒されたって話……なんだよもう……」


 そう、俺は日本から来た転生者なのだ……気づいたら赤ん坊で、まあ年齢は察してくれという記憶を持ったまま過ごしたってわけ。


 追放もされないし、魔王は居ない。冒険者とは程遠い王族で、黒い陰謀とか一切なし!


 で、結局国政に精を出して今の俺は五十三歳のおっさんになり、前世を軽く凌駕した存在になってしまったのだ。魔物? いるらしいけど見たことないよ!


 「ま、まあまあ……平穏なのが一番ですわ。不自由もないですし、ゆっくり夫婦の時間を作りましょう?」


 事情を知っているリアが困った顔で笑う。ああ、美人だなお前……


 それはそれとして、俺はあることを決めた。


 「そうだ、今からでも遅くない。冒険者になろう」


 「ええええええ!? ちょ、あなた思い直してください! じょ、冗談ですわよね? お酒に酔っただけですよね?」


 「マジだ」


 「わ、わたくしはどうするのですか!?」


 「……男には、一度だけ全て捨て去って賭けてみたくなるのさ」


 「嘘ですわよね? ねえってば!?」



 すまん、リア――



 ◆ ◇ ◆



 「頼もう」


 「見ない顔だな……依頼かい? この紙に依頼内容を書いてくれ、内容と報酬は一回こっちで確認するから変な金額を書くんじゃないぜ?」


 「いや、依頼じゃない。冒険者登録はここでやっていると聞いた」


 「まあ、ここはギルドだからやってるけど……って登録!? おっさんが!? いやいやいや、止めといた方がいい。そりゃ、ベテランと呼ばれる連中はあんたと同じくらいの年のやつも居る。だが、それはキャリアを積んでいるからだ。ポッと出のおっさんじゃ――ってあんたの顔、どこかで見たような……」


 俺の応対をしていたモヒカンの男がマジマジと顔を見つめた瞬間、


 「うおおおおおおい!? も、申し訳ございません! このアホが何か粗相を……!」


 青ざめた顔をした30代くらい男が割って入ってきた。まあ、そんなに外に出なかったし、顔を覚えている人も少ないだろうしなあ。


 「なんだよ、マスターこのおっさん知り合いかい?」


 「このスカタン! このお方をどなたと心得る! この国の前国王、クリストフ様であらせられるぞ!」


 おお、どこかの副将軍みたいな感じで紹介され、思わず拍手をしてしまう。このままでは埒が明かないので、話を戻す。


 「そんなに恐縮しなくていいぞ。私はもう前国王だからな。で、冒険者登録をお願いしたいのだが……」


 「……なぜ……?」


 すごく驚いた顔で言われる。

 

 「なぜ、と言われても、実は昔から冒険者に憧れていてな。国王終わったし、いいかなって」


 「軽い!? ……いや、でも、魔物討伐とか危険ですから……」


 「その辺は大丈夫だ。ちょっといいか? この丸太を持っていてくれ」


 「え? あ、はい!」


 近くでぼう然としていた若い冒険者に丸太を渡し、立ってもらう。


 「(あの丸太、一体どこから……)」


 「(シッ! なんかやるみたいだぞ)」


 「ハッ!」


 シュパパン!


 「「おおー!」」


 俺が剣を振ると歓声が上がる。若い冒険者が持っていた丸太が瞬時に四つのパーツとなったからだ。


 「す、すごい……!」


 「戦争とかないし、見せる機会もなかったけど、一応騎士団長よりちょっと弱いくらいの腕はあるぞ。どうだ?」


 そりゃ、敵はどこでいつ出てくるか分からないから鍛えているのは当然である。ちなみにマルクは騎士団長に匹敵する強さがあるよ? そんな感じでニヤリと笑って尋ねると、


 「む、むう……どうしても、とおっしゃるか……」


 「ああ。戴冠式も終えた。残りの人生、世界を旅してまわろうかなと思ってな」


 「現国王と王妃様はご存じで……?」


 「いやあ、黙って抜けだしてきた。宰相はマルクの親友だし、俺……私が居なくても大丈夫だろう」


 俺がそう言って笑うと、マスターと呼ばれた男はとりあえず何か金属の板を机に出した。


 「はあ、国王様の手腕は知っておりますが、まさかこんなめちゃくちゃな方だったとは……」


 「そりゃお前達国民を守る義務があるからな」


 「退位してすぐ消えるのはおかしいと言っているんです! ……作るだけならいいですが、知りませんよ?」


 「まあ作ってくれなくても旅に出て行くけど……」


 「この人は……!」


 と、諦めてカードについて説明をしてくれる親切なやつだった。必要事項を記入し、めでたくギルドカードをゲットすることができた。


 「それで、お一人で旅を?」


 「ああ。折角だし、可愛い女の子とか一緒だといいかもな」


 「へえ、女の子と一緒に何をなさるおつもりですか?」


 「そりゃ、しっぽりむふふな――」


 今の声は……!?


 ギギギ、と首を曲げて振り返ると……


 「わたくしではもう満足できないとおっしゃるのね!」


 「げええええ、リア!? なぜここに!?」


 「なぜここに! じゃありません! 黙って出て行こうだなんて……わたくし達は夫婦です。いかなる時も一緒だと誓ったではありませんか」


 「う、うん……首を絞めながら良い話は辞めよう?」


 「というわけで……わたくしにもそのカードを作ってくださいまし」


 「……マジかよ……」


 マスターががっくりと項垂れる瞬間だった。


 リアは予想外だったけど、晴れて俺は冒険者として旅立つことができるようになったのだ! 魔物退治に各国の料理! 大丈夫、楽しみはまだまだきっとあるはずだ!




 ◆ ◇ ◆



 「よお、マルク、即位したんだってな!」


 「ユベリウス殿! わざわざご足労ありがとうございます!」


 「ははは、娘の顔を見るというのもあるのだ。構わないさ。これからよろしく頼むぞ。リート、お前もその内にな」


 「わかっています。マルク殿、おめでとう」


 「リート、ありがとう! 父に劣らぬよう、頑張ります!」


 「いい返事だ。レナを預けて良かった。……して、その父はどこだ?」


 「昨夜から別宅にて過ごしております。呼びましょう」


 「ああ、いい。私が出向く場所だけ教えてくれ」


 「では――」


 「マルク様ぁぁぁ! 大変だああああ!」


 「? どうしたんだいキース? そんなに慌てて?」


 「慌てもするさ! こいつを見てくれ……」


 「何だろう……。えええ!?」


 「どうした? ……あいつ……! なんて羨ましい……!」


 「はあ!?」


 「よし、リート! 今日からお前が国王だ! 俺はクリストフを追いかける!」


 「ちょ、ダメですよお父様!?」


 「ええい! あいつ、冒険者になりやがった……! リアも一緒に……!」


 「は、はは……父上、な、なんで……?」





 ――という、もう前世の名前も覚えていない元国王の諸国漫遊の旅がこうして始まるのだった。


 この先、戦争を回避したり、復活した魔王と戦ったり、若返ったり、もう一人子供ができたりするのだがそれはまた別の、お話――




 クリストフ=T=エイマール Age53


 ジョブ:元国王


 ランク:S



 リア=F=エイマール Age52


 ジョブ:元王妃


 ランク:A+



                     ~END~







 ◆ ◇ ◆



 【あとがき劇場】


 どうも初めましての方は初めまして、いつものかたはこんにちは!



 というわけで、この話、エイプリールフール用に仕立てた一話限りのお話です! なので続きません!


 忙しくて当日に仕上がらなかったという……


 まあ、おっさんの大冒険は人気ないでしょうから、最初から悪ノリ全開で書いていました(笑)


 今やっている連載が終わったら、また別の作品を投稿予定なので、その時はまたよろしくお願いいたします!


 ではでは!


 2020年4月5日 八神 凪 

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