第18話 第一印象は大事だが挽回不可能なものじゃないと信じてる

 さて。

 かくして真紀と姉貴は、決して穏やかではない初対面を果たしたわけだが、二人の相性は悪くなかったらしく、なんか最近の漫画とかの話題で盛り上がっていた。


「で、その時灰次郎が、舞いながら必殺技叩き込んだじゃん? あれ、あたし結構うおおおーってなったんだけど」

「……あ、あそこのシーン? ……分かる。オレも」

「おい、年上には敬語を使え」

「……は、はい。透さん……」

「うん、分かればよろしい」


 ……多少テンションに差はあるようだが、まあ話は合っているようだからいいか。って、おい真紀、ちょっと待て。なんで姉貴の言うことはそんな素直に聞くんだよ。俺のことはずっと「おっさん」呼びなのに。……もしかして俺、なめられてる? まあ、いいけど。実際俺、姉貴とは違って結構ヘタレだし。


 姉貴は少々……いや、かなり口が悪いが、人間的には割とちゃんとしてる人だ。だが、ちょっとやんちゃしてた時期があり、なんか不良みたいな奴らとしばしば喧嘩していたらしい。なんでも、噂によると、絡んできた不良十数人相手に一人で戦って勝ったことがあるとか。まあ姉貴は高校の時、空手で全国に行ったことがあるぐらいだから、あながち信じられないわけでもないが。


「おーい、慎哉。そろそろ昼飯の時間じゃないのか?」

「ああ、そうかもな……って姉貴、いつまでうちにいる気だよ! 仕事は!?」

「あー……午後から行くわ」

「おいぃぃ!! そんなことでいいのかよ!? 社員の人に迷惑かけんじゃねえよ!」

「大丈夫だって、理解のある人たちばっかだから」

「……」


 職場の人の苦労が思いやられる。うちの姉がいつもすいません。……って、姉貴、もしかしてうちで昼飯食ってく気なのか!?


「ああ、あたしの分も昼飯作ってくれよ」

「心を読むな!!」

「真紀、お前も食うよな?」

「……」


 姉貴の問いかけに対し、真紀は黙って小さくうなずいた。


「……そ、そうか。分かった、今準備するからちょっと待っててくれ」


 まだ俺は、真紀に対してどう接すべきか決めかねているきらいがある。何か聞くにしても、どこまで突っ込んだ質問をしていいものなのか分からないのだ。もし生前のトラウマとかに触れてしまったら、それこそ取り返しのつかないようなことになり得るかもしれない。……しばらくは当たり障りのない範囲にとどめておこう。とは言いつつ、なんかいろいろ聞いちゃったけど。これからは気をつけよう。


「おっさん。今日は何作んの?」

「あー……えーっと」

「できてからのお楽しみ、だよな。そうだろ、慎哉?」


 姉貴……。そんな思わせぶりな言い方する必要あるか? 何度も言うが、別に俺はそんな大したもん作れるわけじゃないんだからさ。


「別にお楽しみって言うほどのものじゃねーけど、まあ今から考えるから」


 とりあえず俺はそう言って、キッチンに行った。と、その時、ちょっと考えて、俺は、


「……なあ、真紀。お前、なんか食べたいものあるか?」


と聞いた。すると、真紀は、しばらく黙っていた後、


「……オムライス」


と、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの音量でこぼした。


「オムライスか……分かった。ちょっと待ってろ」

「……別に無理して作んなくてもいいから」

「いや、大丈夫だ。今ある材料でいけるから」


 折角リクエストをもらったのだから、それに応えたいという素直な気持ちで、俺は冷蔵庫を開けた。




「……オレ、グリーンピース嫌いなんだけど」

「あっ……ごめん。ミックスベジタブルあったから使っちゃったんだよ……」


 完成して二人の元に持っていったはいいが、早速やってしまった……。まあ確かに、嫌いな人は多いかもしれないな。入れるのやめとけばよかった。後悔先に立たず、だけど。


「あたしも嫌いなんだけど。お前が食ってくんない?」


 そう言うと姉貴は、いきなりスプーンで俺の皿にグリーンピースを移し始めた。


「いや、ちょっと姉貴!? 何やってんの!!」

「あたしがこれ嫌いなの、お前だって知ってんじゃないのかよ。それとも知った上で入れたのか? だとしたら悪質だな。……ぶっ飛ばしていいか?」

「いいわけねーだろ! というかわざと入れたんじゃないし! そのことに関しては本当にごめんなさい! 忘れてたんです!」

「姉ちゃんの好みぐらいちゃんと把握しとけよ。何年姉弟やってると思ってんだ」

「誤解のないように言っとくが、俺はアンタ専属の料理人じゃねーからな! まあ、そこまで気が回ってなかったというか……」

「言い訳はその辺にしとけよ」

「はい。ごめんなさい……」


 ……うん、まあ、この件に関しては俺の方に落ち度があったと言っていいだろう。だが鉄拳制裁だけは勘弁してほしい。だって、姉貴の拳は瓦をも砕くんだぞ? そんな物騒なもん、この鍛えてない身体に叩き込んでみろ。俺なんか秒殺されるに決まってんだろうが。もしかしたら、あばら何本かいっちゃって、しばらく復活できなくなるかもな。


「……真紀? どうしたんだお前。ひょっとして……泣いてんのか!?」


 姉貴のそんな一言で、俺はハッとして真紀の方を見た。


 ……オムライスを食べている真紀の右目から、確かに涙が一筋流れ落ちていた。


「なっ……泣いてなんかねーよ! こっち見んな!!」


 真紀はそう叫んで、慌ててそっぽを向いた。照れ隠しとは少し違うように見えた。


「いや、お前、間違いなく泣いてんだろ。何かあったのか? ……もしかして……」

「「そんなにこいつ/俺の料理が美味/不味かったのか!?」」


 なんか思いがけず姉貴とシンクロしてしまった。言ってる内容は正反対だが。ちなみに、姉貴が「こいつ」「美味」と言ったのだ。……え? 姉貴、俺の料理遠回しに褒めてんの?


「……これはまあまあだ。別に泣く程美味くはねーよ」


 真紀は明後日の方向を向いたままそう言って、


「……トイレ」


と一言残して席を立ってしまった。



「……」


 俺たちの間に沈黙が流れる。


「「……なあ」」


 またハモってしまった。


「お前から言えよ」

「いや、姉貴からでいいよ」

「そうか、じゃ遠慮なく」


 譲り合いが長引かなくて済んだのはまあ良かった。


「真紀、泣いてたよな?」

「ああ、確かに泣いてた」

「なんでだと思う?」

「さあ……分からん」

「だよな。あたしも」


 再び沈黙。

 だが、しばらくして、姉貴が何かを思いついたように、急に口を開いた。


「……あ、でも、もしかして、生前のことに絡んでるんじゃないか?」

「……その可能性はあるかもな……だったら、あんまり問い詰めない方がいいかもな」

「そうだな」


 そんなことを話していると、真紀が戻ってきた。


「お、真紀。遅かったな。さてはウ○コか?」

「ちょっ、姉貴! そんなはしたないこと言うなよ!!」


 ……お食事中の方、すみません。って、そもそも俺たちが食事中じゃねーか!


「……別に」


 真紀は素っ気なく答えて、食卓についた。





 食事を終え、姉貴は仕事に行った。「次からはグリーンピース入れんじゃねーぞ。でもまあ美味かったよ。ごちそうさん」と言っていた。……その辺の礼儀はちゃんとしてんだよな。


 一方の真紀はというと、まだうちにいる。……死神としての仕事とかないのかな? 俺はまあ全くの部外者だから知らないけど。


「……なあ、真紀。なんか他に俺に用でもあるのか?」


 俺はそう言いながら、真紀の肩を軽く叩いた。すると、次の瞬間、真紀はいきなり、


「触んなよぉっ!!」


と、ややヒステリックとも思える声で叫び、俺の手をすごい勢いで払いのけた。……突然のことで、俺は呆然として言葉も出なかった。


 俺は思わず、自分の手に目を落とした。だが、どうしていいのか分からず、恐る恐る真紀を再び見た。


 真紀は、まずいことをしてしまった、というような、青ざめた顔をして、俺を見つめていた。そして、


「……ご……ごめん……」


と、かすれた声で言った。何かに怯えているように見えた。


「……い、いや、いいんだよ。気にすんな」


 とりあえず俺は、真紀を慰めようとした。


「……オレ、もう、か……帰る」


 だが、真紀はそう言って、玄関まで猛ダッシュし、ドアを開けた。


「おい、待て……!」


 追いかけたが、間に合わなかった。真紀は既に姿を消していた。




 ……真紀の身に一体、何があったんだろうか?

 俺は答えの出るはずのない問いについて、しばらくの間考え続けた。








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