第19話 文学談義 その3

葛城「おや、更級さん。今日は坂口安吾をお読みになっているんですね」


慎哉「あっ、葛城さん。ええ、そうです。今は『堕落論』を読んでます。「生きよ、堕ちよ」のフレーズが有名ですよね。彼曰く、人間は堕落せずには生きられない……とのことです。少々難解な部分もありましたが、戦後の人々には『白痴』とともに大きな衝撃を与えたと聞いたことがあります」


葛城「『堕落論』ですか……。戦後の混沌とした時代に書かれたものですね。戦後を生きていない俺としては、よく分からないところもあるのですが」


慎哉「は、はあ……葛城さんって、いつ頃のお生まれなんですか?」


葛城「俺ですか? 明治の終わりです」


慎哉「えっ、ってことは……今ご存命なら、……」


葛城「今年で108になると思います」


慎哉「……!?」


葛城「そんなに驚くことですか?」


慎哉「いや、驚きますよ! だって見た目と実年齢が全然違うじゃないですか!」


葛城「ええ、そうですね。……俺はあまり長く生きられませんでしたから」


慎哉「……」


葛城「ああ、すみません。気を遣ってくださらなくてよろしいのですよ。とうに昔のことですから」


慎哉「……いえ、でも……」


葛城「それより、坂口安吾といえば、あとは『桜の森の満開の下』なども有名ですね」


慎哉「え、ええ……。説話形式で書かれた作品ですね。女に振り回される主人公も気の毒といえばそうかもしれませんが、まあやったことがやったことですし……。ああ、でも、最後に彼が孤独にさいなまれるシーンは、何かこう、胸に迫るものがありましたよ。ちょっとグロい描写が多用されているので、そういうのが苦手な俺としてはあれでしたけど……」


葛城「同じ語り口の作品には他に『夜長姫と耳男』などがありますね。安吾は『不連続殺人事件』といったミステリーも書いていますけど、彼の引き出しの多さには本当に脱帽しますよ」


慎哉「葛城さん、お詳しいんですね……」


葛城「ええ、こう見えて俺は読書が趣味の一つでしてね。仕事の合間にいろいろと読んでいるんですよ。純文学からライトノベルまで」


慎哉「おお……それはすごいですね。俺はあまりラノベは読まないので、詳しくないんですが」


葛城「ライトノベルにも良質な作品は数多くありますから、読まないのは勿体無いですよ。ぜひ今度読んでみてください」


慎哉「あ……はい。多分姉がいっぱい持ってると思うので、今度貸してもらいます」


葛城「お姉様も文学をたしなまれるのですか?」


慎哉「いや、姉はまあ、適当に読みたいと思ったものをつまみ食いするみたいな感じなんで、特に読書が趣味というわけではないと思いますが」


葛城「そうですか。でも、どのような形であれ、書に親しむのは良いことですよ。……おや、これは……」


慎哉「あ、これですか? これは『夫婦めおと善哉ぜんざい』です。織田作之助の代表作ですね。俺にはちょっと方言がきつくて分かりづらい部分もあったんですが……。でもテンポが良くて、読んでいて楽しかったですよ。あ、そうそう、彼は太宰治や坂口安吾、あと檀一雄とともに「無頼派」と呼ばれる作家ですよね。こう、既存の文壇の潮流に逆らった人たちっていうか」


葛城「そうですね……織田さん、懐かしい名前ですね」


慎哉「え? ……もしかして、お知り合いだったり?」


葛城「いえ、俺が一方的に知っているだけですが、彼と俺は同郷でしてね。生まれたのも同じ頃ですし。まあ俺の方が少し上ですが」


慎哉「……え、葛城さんって、大阪の人だったんですか!?」


葛城「ええ、そうですよ。そんなに意外でしたか?」


慎哉「あ、はい……。いや、だって、全然関西弁お使いにならないようですから」


葛城「以前は普通に使っていたのですが、葵に「分かんない」と言われまして。あいつは生粋の東京人ですし、人生経験も少ないですから、まあ無理もないのかもしれませんが」


慎哉「そうだったんですか。……じゃあ、あの、もし差し支えなければ、ちょっと喋ってみていただけますか?」


葛城「大阪弁をですか?」


慎哉「あっ、はい」


葛城「ほな、使つこてええんやったら、ちょっと使わしてもらいまっせ。わてとしても、お国言葉で話した方が気楽やし」


慎哉「……お、おお……」


葛城「……このような感じでよろしいですか?」


慎哉「は、はい。なんか、新鮮ですね」


葛城「さいでっか。ところで、更級はん、『夫婦善哉』以外の織田はんの作品は読まはりました?」


慎哉「あっ……ええ。でも、彼はとても愛郷心の強い人だったんでしょうね。読んだ限りでは、ほぼどの作品にも大阪弁が使われていたので」


葛城「そうやなぁ。一般的に、大阪人には、地元に愛着持っとる人間がぎょうさんおる言いますし。……あ、せや、随筆の『可能性の文学』とかはどうでっか?」


慎哉「ああ、あれは……先に言った、無頼派の人たちの交流が垣間見られて興味深かったですよ。特に織田さんが太宰治に対して「僕は美男子だからやっつけられるんです」と言っていたくだりとか。自分が美男子じゃなかったらこんなに批判されてない、とか言ったそうですね」


葛城「わてもその部分は読みましたけど、織田はんのユーモラスな一面が見られて、えらいおもろかったですねぇ」


慎哉「……それにしても、織田さんにしろ、太宰にしろ、長生きしてないですよね……」


葛城「……あの人らが健康的な生活を送っとったとは、とても思えへんさかい。更級はん、あんたには長生きしてほしい思ってますねん。せやから、何があっても無理だけはせんといてくださいね」


慎哉「……はい。ありがとうございます」



※筆者は方言に明るくない人間ですので、間違っている箇所があるかもしれません。一応調べた上で執筆いたしましたが、もしミスがあれば誠に申し訳ありません。気になる点等がございましたらご指摘ください。







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