第20話 女性キャラが極端に少ない気がしたので
「……もし」
コンビニに寄った帰りの夜道を歩いていたら、突然後ろから話しかけられた。女性の声だった。俺はビクッとして立ち止まった。でも、もしかしたら俺じゃない人に話しかけたんじゃないかな、というわずかな希望を持って、俺は辺りを見回した。……だが、残念なことに、俺の周りには誰もいなかった。俺が少なからずショックを受けていると、
「貴殿に話しかけているのだ」
と、再び声を掛けられてしまった。……なんかもう、ゾワリと全身の毛が逆立つような恐ろしさを感じたのだが、このまま無視し続けると怖いことになりそうな気がして、ビビリの俺は、とりあえず前を向いたまま返事してみることにした。
「……な、何のご用でしょう?」
喉から絞り出すようにして答えた俺の声は、我ながら情けないほど震えていた。例えるなら、チンピラに絡まれた一般人みたいな感じだった。いや、実際にチンピラに会ったことはないんだけど。……完全にビビってんのバレたよな。声裏返っちゃったし。
「更級慎哉殿とお見受けする。失礼ながらお尋ねするが、母上の居所をご存知ないか?」
「……は、母上……?」
名指しされた上に、突然「母上」とか言われて、何がなんだかさっぱり分からなかったが、後ろの人物の正体を知らないことには話が進まないと思ったので、俺は首だけ動かして、恐る恐る、ゆっくりと後ろを振り返った。
……そこには、街灯に照らされて、軍服のようなものをまとった人の姿が浮かび上がっていた。
いや、ちょっと待て。軍服? このご時世に? こんなところで? 意味が分からない。しかし、俺の見間違いではないようだ。……そういえば、橘に初めて会った時も目の錯覚かと思ったぐらいだし、こんなことが現実に起きても別に不思議ではないんだろうな、と、最終的に俺は変な風に納得してしまった。
「……あの、失礼ですが、あなたは……?」
「ああ、すまない。申し遅れた。私の名は
……は?
橘の……子ども!?
あ、でも、そういや前、あいつ子ども産んだことがあるとか言ってたな……。じゃあ、この人はその子どもってことか。……待てよ、ってことは、この人は……?
「あっ……あの、あなたは、もしかして、死神……ですか?」
「左様。親が死神ならば、子である私もまた然り、ということだ」
「は、はあ……」
そういうもんなのか? ああ、蛙の子は蛙ってやつかな。……いや、それはちょっと意味が違うのかもしれないな……。
いかんせん周囲には夜の闇が立ち込めているので、はっきりとした容姿はよく分からないが、柊というその人は、黒い軍服を身につけており、さらには軍帽をかぶっていた。それらは男物と思われたが、声は高く透き通るような女性のものだった。顔は帽子の影になっていてよく見えない。長い黒髪が、夜風になびいている。身長はだいたい170センチぐらいだろうか。女性にしては少し高めな気もするが、身近に姉という例があるので、別に違和感はなかった。
「えっと……じゃあ、母上っていうのは、橘のことですか?」
「いかにも」
「あ……多分、俺の家にいると思います」
「そうか。ご教授感謝する。では、私を貴殿の家まで案内してくれないか?」
「……へ?」
い、いきなりですか!? いや、ちょっと、初対面の人をうちに上げるの、抵抗あるな……。
「従わねば貴殿の寿命を10年縮めるぞ」
「ヒィッ!?」
……あ、もうこれ駄目なやつだわ。
露骨な脅迫を受け、俺は彼女を家まで案内することにした。
「……わ、分かりました。つ……ついて来てください」
「貴殿が物分かりの良い男でよかった」
や、物分かりいいっつーか、脅しに屈しただけですけどね。
で、俺たちが歩き出すと、突然、
「あーっ、姉様!! こんなところにいらしたのですねー! お探ししたんですよ!」
と、夜の闇に甲高い声が響いた。
「……貴様、やっと追いついたか。あまりに遅いから先に出立してしまったぞ」
「ごめんなさーい、綺麗なお洋服がたっくさんあって、つい長居しちゃったの」
「ふん……そのような浮ついた気分で下界に降りるな。母上に叱責されるぞ」
「あー、それは嫌ですわー」
急に柊さんに話しかけてきたその人は、やはり周囲が暗闇なのでよく見えないが、どうやらチャイナドレスのようなものを着ているようだ。スリットが大胆に入っているため、生足があらわになっている。……別にガン見したわけじゃねえからな。そんな格好してたら、いくら周りが暗くても分かるだろ?
「……え、誰……?」
困惑して尋ねると、柊さんは、
「ああ、すまないな。この者は
と答えた。
「い、妹……?」
マジか。死神にも家族構成とかあんのかよ。
「こんにち……じゃないわね、こんばんはー! 私は楪と言いますの! 柊姉様の妹ですのよ! お父様がいつもお世話になってますわ」
「ああ、どうも……ってか、お父様?」
「橘様のことですわ」
母上って言ったり、お父様って言ったり、どっちなんだよ全く。まあでも、あいつにはそもそも性別なんてないみたいだしな……。これはまた、キャラの濃い人たちが出てきたな。もう俺、理解が追いついてねーよ。なんかもうどうでもいいや。考えるな、感じろってやつだな。
「あのっ、更級さん! 私もお供いたしますね。姉様、いいでしょう?」
「ああ、構わんぞ」
「それじゃ、決まりですわね! レッツゴー♪」
「……」
俺の意見も聞いてほしいと思ったが、多分何を言っても無駄なんじゃないかと思ったので、もうスルーして二人を家に連れていくことにした。あと、楪さんって人は結構なハイテンションだな……藤宮さんとキャラ被ってないか? 性別こそ違うようだけど。っていうか、橘以外の死神には性別あんの? なんか突っ込みどころ多くないか?
「まあ、随分大きなお家ですのね」
「いや、俺の家はこの中の一つの部屋だけですよ。この建物全部じゃないです」
「あら、そうなの? へえ……」
なんか明らかにがっかりしたような声を出され、俺はちょっと傷ついた。まあ別にいいんだけど。
で、なんだかんだ俺の部屋に着き、俺はドアの鍵を開けた。
「ただいまー」
「む、ようやく帰ったか。疾く夕餉にせい」
「あ、やっぱそれですか……ホント食い意地張ってるよな、アンタ」
早速いつも通りの橘の歓迎(?)を受け、とりあえず俺は家に上がる。そして、俺の後から、柊さんと楪さんが入ってきた。明かりのおかげで、二人の容姿がはっきり見えるようになった。柊さんの顔はやはり帽子の陰に隠れているが、楪さんは結構な美人だった。大きな淡い紫色の目が印象的な顔だ。実年齢は不明だが、見た目だけなら20代ぐらいに見える。三つ編みにした長い茶髪を、頭の両サイドでぐるぐる巻いてまとめている。……なんか、例えるなら、2年後編の『銀○』の○楽みたいな感じだ。え? 分からない? ……ごめんなさい。
「あっ、母上」
「お父様ー!」
「……汝らか。久しいのう。息災にしておったか?」
「ええ」
「もちろんですわ! お父様、お会いしとうございましたー!」
なんか即打ち解けた感じになっていて、明らかに今まで見てきた元人間の死神たちに対する態度とは違った。……やっぱ血縁者(血縁……?)に対しては甘いのだろうか。というか、今橘は幼女の姿だから、「母上」とか「お父様」とか言われているこの状況にものすごく違和感がある。
「更級。儂は自らの子であるから此奴らを優遇しておる訳ではないぞ。ひとえに此奴らが優秀である故じゃ。それが証拠に……否」
え? 何? 俺の心読んだの!? って、今何言おうとしたんだ……?
「更級さん! 私たちもお夕飯ご馳走になってよろしいかしら?」
なんとなくそうなりそうな気はしていたし、断ったらやばいというのを本能で察知していたので、俺はすぐに「……いいですよ」と言ってしまった。
「まあ、嬉しい! 感謝感激雨霰ですわー!」
「かたじけない。ではよろしく頼むぞ」
あー……今度は何作ろうかな。レパートリーマンネリ化したらまずいから、そろそろ料理の本でも買えよ。アンタ、詳しくねーんだろ? バレてんだからな。……と俺は作者に突っ込んだ。
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