第21話 死神さん家の家族事情

 今度は振る舞う相手が女性だということで、ちょっとカロリーに気をつけて献立を考えてみた。……まあでも、人間じゃないから、彼女たちがその辺を気にしてんのかどうなのかはよく分からないけど。


「お待たせしました。豆腐ハンバーグです」


 ……なんかいつにも増して緊張する。何でだ? あ、そっか。俺が童貞だからか。自分で言ってて悲しくなるが、俺は彼女いない歴=年齢の悲しいアラサー男だ。もはや高身長がもてはやされる時代は過ぎたのだろうか。もっとも俺の場合は、逆にデカすぎるのが問題なのかもな。190以上あるし……。あー、ホント、誰かに分けてあげたい。


「ふむ……なるほど。ではいただくとしようか」

「まあ、美味しそうですこと! これは楽しみですわー」

「はんばーぐすてーきか……しかし肉は使っておらぬようじゃのう」

「母上。肉の代わりに豆腐を使っているのですよ」


 女性陣はなんか楽しそうだ。……あ、橘は女性じゃないな。今は幼女の姿とはいえ。というか、このペースで料理を提供していたら、俺の生活費が確実に死神たちの食費で圧迫されるな。まあ実際、もう結構やばいんだけど。橘には責任を取って俺の収入を増やしてもらいたいところだ。そんなことできんのかは知らないけど。


「もぐもぐ……うーん! お豆腐とひじきのハーモニーが絶妙ですわね! 舌の上でとろけるこの食感……たまりませんわー!」


 褒めてくれたのは嬉しいが、食う時に「もぐもぐ」って言う人(死神)初めて見たわ。ってか、死神たちに対していちいち(死神)ってつけんの、すげーめんどくせーからもうやめよう。


「これはなかなか……以前食した料理店のものよりも美味かもしれんな」


 いや、ズブの素人が作った料理ですからね? あんまり持ち上げないでよ。照れちゃうじゃないすか。しかも、帽子とったら、柊さんもすげー美人なことが発覚したし。 というか、アンタら店で食ったりしてんの?


 柊さんは、楪さんとよく似た顔をしている。ただちょっと柊さんの方が目つきが鋭い。クール系ってやつか? ……こんな美人2人を前にして平静でいられるほど、俺は女性に対して免疫がない。女性恐怖症というのとはまた違う気がするけど。


 姉貴がいるというのに、なんで女性への対応の仕方がよく分かってないんだ、と思われるかもしれないが、多分それは姉貴がいわゆるステレオタイプ的な女性とは一線を画す人だからだろう。姉貴の座右の銘は「女は胸じゃない、度胸だ」だからな。あと、加えて言うなら、おそらく大抵の女性は自分の弟に関節技決めたり、弟の部屋にエロ本探しに行ったりはしないはずだ。


「……で、あなた方以外にも橘の子どもはいるんですか?」


 なんか、新しい死神が出てくるたびに質問ばかりしている気がするが、未知の存在なんだから我慢してほしい。……という理屈が彼女らに通用するかは分からんが。ちなみに俺は、彼女らと食事を共にしてはいない。初対面の女性と一緒に飯を食うのは、俺にはあまりにもハードルが高すぎるからだ。自分の分は後で食うことにしよう。


「ええ、そうですよ。私たち以外にも、お父様の産んだ子はたくさんおりますわ。そうね、ざっと200人ぐらいかしら。どうですか、姉様?」

「そうだな。それぐらいにはなるだろうな。もちろん母上は全員把握しておられるぞ。そうでしょう、母上?」

「うむ」


 ……これは想像以上だ。200人だって? じゃあ、この世界には、200人も死神達がうようよしてるってこと!? 恐ろしすぎるだろ! なんだその地獄絵図は!! あ、でも、全世界にってことなら、そんなでもないのかな……?


「ちなみにじゃが、儂以外にも生殖能力を持つ死神は存在するぞ。推定じゃが、各国に一人はおるじゃろうな」


 前言撤回。


 今、国って200近くあるよな? じゃあ、200×200=……。


 ……信じたくねえな。つーか、今現在の国の数で考えていいんだろうか。


「……え、でも、それって、元人間だった人は含まれてないよな?」

「左様。奴らを加えれば、その数は数倍になろうの」


 なんだよそれ、死神無双ですか? でもそんなにいっぱいいるのに、なんでみんな気づかないんだろうか。


 俺がそう思っていると、柊さんがおもむろに口を開いた。


「死神は職務の折以外はあまり下界に降りないのだ。もちろん例外も存在するがな。例えば、元人間であった者は下界に愛着を持つ者も多いゆえ、頻繁に降りているようだ」


 ……もしかしてこの人らは、人間の心を読む能力を持っているのだろうか。だとしたら、今後は対応に気をつけねーとな。


「儂としてはあまり感心せぬがの」

「でも、私、その人たちの気持ち、分かる気がしますわ。だって、人間界ってとーっても魅力的なところですもの! それに比べて冥界はいつも薄暗いし、娯楽なんてほとんどありませんからねーっ」

「楪。口を慎め」

「ああ、言い過ぎてしまいましたわね! ごめんなさい、お父様」


 楪さんは生まれながらの死神のくせに、随分と人間界がお好きなようだ。そういうことでいいのかよ。


「……そう言えば、つるばみは如何しておるのじゃ?」

「ああ……相変わらずですよ。先日もまた職務怠慢のとがで、えんじゅが折檻しておりました」

「ふん……己の子なれば御し易いと思うておった儂が愚かであったわ。彼奴め、つくづく儂を悩ませてくれる。まこと、忌々しい奴じゃ」


 ん? 橡って、前にも聞いたな。確か葛城さんが捕まえるの捕まえないのって言ってたような気が……。


 というか、橘でも手こずる相手っているんだ。へー、なんか意外だな。


 とか思ってたら、なんか突き刺さるような視線を感じた。恐る恐る橘を見ると、「彼女」は、不動明王に匹敵するぐらいの凄まじい形相で俺を睨めつけていた。


 ……やっぱ俺の心読めんだろ、アンタ。








 その後もしばらく雑談は続いたが、食事が終わると、柊さんと楪さんは帰っていった。帰り際に、気が向いたらまた来るからその時はよろしく、と言われた。……どうせそんなこったろうと思ったけどな。っていうか死神たちアンタら、どんだけ俺の飯好きなんだよ。リピーター続出じゃねえか。俺ん家は注文の多い料理店ですかコノヤロー。あ、でも俺は客を食おうとしたりはしないけどな。当たり前か。


 俺が頭の中でぶつくさ愚痴りながら洗い物をしていると、橘が話しかけてきた。


「我が子は概して儂に従順じゃ。じゃが、一人だけ例外がおってのう。それが橡じゃ。彼奴は物心ついた折から儂に歯向かってきおった。何故なにゆえかは分からぬ。意のままにならぬことなどほぼあらぬ儂じゃが、彼奴だけはどうにものう」

「はあ……そうなのか。アンタも大変だな」

「同情など求めておらぬわ」

「あっ……すみません」

「……ふん」


 そう言って去っていった橘の横顔は、いつもの仏頂面とは違い、苦虫を噛み潰したような渋いものだった。




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