第14話 帝国ホテルのマクドナルド

 昼下がりのJR大阪駅は以前来た時には見たことのない、巨大な屋根に覆われていた。東海道線のホームに降りた僕は階段を降り、一番南側にある環状線のホームへと向かった。大阪駅は芦屋では見ない、スーツを着込んだビジネスマンが足早にすれ違っていた。


 友達の結婚式に出席するために僕もスーツを着込んでいたが、サマースーツではないために七月半ばの大阪駅は暑くて仕方がなかった。上着は脱いだものの、ワイシャツとネクタイの時点で両脇は汗で濡れていた。


 大阪環状線は僕の知っているオレンジ一色の車両では無く、オレンジの帯の入ったステンレスの光る新型車両がホームへと入ってきた。車両に乗り込むとビジネスマンや学生風の人たちが、一斉にスマホを取り出し操作し始めた。見渡してみると車両に乗る人たちの三分の二ぐらいが、スマホを操作していた。


 結婚式の会場は帝国ホテル大阪だった。新郎友人の待合室に案内されると、まだ僕の見知った友人たちは到着していなかったので、僕は中学校まで同級生だった新郎のご両親へとあいさつに向かおうと新郎親族の待合室へと案内してもらった。


「山中君やん! えらい久しぶりやな、今日は来てくれてほんまにありがとうな」新郎の母は僕の知っている顔からは、もちろん年相応に老けた感じはしたが嬉しそうな笑顔だった。

「いえ、本日はご結婚本当におめでとうございます」

「いやねえ。山中君が結婚したん、もう四年前やろ? まわりがみんな結婚決めとるから焦らないかんでってずっと言ってたんやけど、ようやくやわ」

「いや僕らまだ三十五ですから。世間は晩婚の時代って言われていますし、僕らの仲間内でも結婚しているやつはまだ半分ぐらいですよ」

「そうは言うてもあの子、弟や妹の方が先に結婚決めちゃってるんよ? そりゃ焦らせますよ」

「僕も弟に先を越されました」

「そうなんや。弟さん元気? 弟さんも懐かしいね」

「東京で元気にやってます。娘が二年前に産まれました」

「あらほな姪っ子やね。山中君の弟さんの子やったら可愛いやろねえ。山中君とこはまだなん?」

「まあ夫婦仲良くやっておりますが、残念ながら」

「夫婦仲良くは一番やね。でも奥さん同い年でしょ、急がないとだめよ。それじゃあまた、今日はよろしくね」


 新郎親族の控室は帝国ホテルらしからぬ匂いが漂っていた。記憶にある匂いだと思い匂いの元を探してみると、高校生ぐらいの青年がマクドナルドのハンバーガーセットを食べていた。どうりで記憶のあるポテトの匂いだったが、よく帝国ホテルにマクドナルドを持ち込めたなと思った。隠してうまく持ち込んだのか、新郎親族だから大目に見てもらったのか、そのあたりの真相は判らないが、結婚披露宴の前にマクドナルドを食べる若さは僕にはもうないなと思った。


 新郎友人控室に戻ると、僕の同級生も数人集まっていた。

「山中やんか。久しぶりや。何か飲むか?」ウエルカムドリンクのコーナーを指しながら、高校まで同級生だったもっちゃんが言った。

「もっちゃん久しぶり。ほなアイスティー貰うわ。今日は東京から来たん?」僕はもっちゃんからアイスティーを受け取った。

「さっき新大阪から。さすがに今日は芦屋に泊まるけどな」

 もっちゃんは芦屋の高校を卒業した後は、北海道大学の大学院を博士課程まで卒業し、今は東京海洋大学で講師をしているが、未だに関西弁だった。


「こっちは久しぶりちゃうん? この前の正月に会って以来かな」

「山中に会うんはそれ以来やけど、芦屋には何回か帰っとる。孫の顔を見せろって、催促もあるしな」

「確かもっちゃんの娘さんは、もう三歳やな。写真見せてや?」もっちゃんは僕らが結婚する一年前に結婚していた。

「ええで」と言ったもっちゃんはスマホを取り出して見せてくれた。スマホの画面には笑顔の女の子の写真が数枚スクロールされた。

「ちょうど今はこんな感じ。小さいときは大変やったけど、ようやく最近落ち着けるようになってきたわ」

「大変って夜泣きとか?」

「せやな。夜泣きとか、あとはいつ病気するかわからへんとか。まあ大変やった。山中んとこはどないなん?」

「うちはまだ。でも犬飼ってるで。犬の写真見てみる?」

「ええやん。見てみたいわ」


 僕はキャノンのコンパクト・デジカメを取り出し、もっちゃんにルーシーの写真を差し出した。

「こんな感じやねん。名前はルーシー。オスやけどルーシーにしてん」

「へー。こんなぬいぐるみみたいな犬おるんや。なんていう犬種なんこれ?」

「ビションフリーゼって言うねん。フランス系の犬種」

「聞いたことないな。結構珍しい系の犬種なん?」

「まああんまり見たことないな。でも家の近所に同じビション飼ってる女の子がおるわ」

「ほなそこそこはおるんやな。犬飼っとらんから、犬の種類とか全然判らんわ」


「研究テーマに出てこないん?」

「何言うてんねん。魚や。海洋大学で犬出てきたらあかんやろ」

「犬の嗅覚で魚の鮮度や成分を嗅ぎ分けさせる、新しい研究テーマを発足させたらどないや? おもろそうやん」

「それにしてもそんなぬいぐるみたいな犬やなくて、警察犬みたいな犬がおるやろ?」もっちゃんは笑って言った。


「そういやさっき、披露宴の前やのにマクド食べてるやつおったで」

「まじで、ありえへん? 何歳ぐらいやった?」

「多分やけど、でかい中学生か高校生やと思うわ」

「それやったらいけるかな……? 部活ばりばりの高校生とかやったらいけるか。でもほんま若さやなそれ」

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