第13話 阪神タイガースドラフト一位選手「ルーシー」
「女の子しとるねー。天王寺さん」妻は楽しそうに言った。
僕らはららぽーと甲子園のショッピングモールを歩いていた。日曜の午後三時前は子供連れの家族が多かった。所々でタイガースのユニフォーム姿をした人たちが、ナイター前の買い物を楽しんでいた。
「君の中にもまだ女の子はおるんかい?」
「おるに決まってるやないの。あなたが天王寺さんに話したことが間違いとは言わないけど、どうしても女の子やったら悩むよ。いくらお母さんがええ服買ってきてくれても、いつかは自分で買いたくなる時も来るし」
「それはきっといつかは来るやろうね」
「それにあなたのお母さんの服の話、完全にひがみ入ってるやん。どうせ天王寺さんみたいな服着たかったんでしょ? 三宮のそごうって言っちゃってるし」
「そう思っててんよほんまに。子供の頃は」
「でもあなたは今、毎日同じ服着てる」
「服に個性を求める年でもないやろ? 誰に見られてるわけでもないし」
「はい仕事してない人のセリフー!」妻は嬉しそうに言った。
妻は二階の靴屋でサンダルを買った後、一階のいくつかのアパレル・ショップを覗いて回っていた。通路を歩く野球ファンは、タイガースのユニフォームが圧倒的に多かったが、たまに対戦相手のベイスターズファンの姿も見受けられた。
僕は天王寺さんが言っていた嘘の散歩を思い出していた。何十頭のものビションフリーゼがこのららぽーと甲子園の通路を練り歩く。僕は彼らに十二球団のユニフォームを着せたら面白いなと思った。巨人に阪神にベイスターズ。みんな自分のお気に入り球団を着せたがるだろうから、ドラフトの逆指名ぐらいもめるだろう。ルーシーはもちろん阪神タイガースだ。
「せやけど天王寺さんの新しい帽子、お母さんがどっかから貰ってきたって言ってたけど、かなりええやつそうに見えたけどな?」
「それ最近のスマホのアプリとかで貰ったんよ。何かそういうのテレビのCMですごい流れてるやん。いらないものとか使わなくなった物とかを、格安でお譲りしますって。子供服とかなんかはサイズが合わなくなるねんから、きっと沢山あるはずよ」
「そうかー! 一人っ子やったら上の子のお下がりも無いしな。そう言った意味ではええ時代になったな」
「今の若いお母さんはそういうのを駆使してるんじゃないかな? 毎日スマホ眺めながら自分の娘に合う、いい出物がないか探してるんよ」
「でも貰ってきた物って、やっぱりお下がりみたいなもんやから嫌なんかな?」
「それも女の子の悩みやね。私が子供の頃も母が知り合いから貰ってきた、人の子のお下がりを着た時あったよ。そんなに嫌ではなかったけど、やっぱり新品買ってもらった方が嬉しかったな」
「そうよな。やっぱ経済力やなあ……」
「あんた間違ってもそんな事、天王寺さんに言ったらあかんで!」
「解ってますよそんなん。相手は悩める十代やで? かわいくてもあかんときあるって、究極の悩みやん」
「そんなん究極の悩みやないで、普通の悩み。かわいくても暗かったらあかんやろうし、かわいくても楽しそうにしてなあかんやろうし、かわいくても頑張らなあかんねんよ」
「僕が子供の頃は、かわいい女の子はもうそれだけで無敵やった気がしたけど?」
「無敵なふりをしてただけよ。可愛くて、明るくて、楽しい女の子のふりをしていただけ。あなたはそれにころっと騙されてた少年やっただけ」
「情けないな……」
「無職の今の方が、情けないですー!」妻は笑って言った。
僕らが歩く先に、ららぽーと甲子園のキッザニアに並ぶ子供たちの列が見えてきた。子供たちは、見る限り百人以上は並んでいるように思えた。
「キッザニアの入れ替えの時間かな? 大変やなお父さんお母さんも」
「大変やろうね。遠くから来た人もおるやろうし。私の友達のなっちゃんとこも、この前子供ら三人連れてディズニーランド行ったらしいけど、新幹線代やホテル代やって結局三十万ぐらいかかったらしいよ」
「それは一泊二日でか?」驚いて僕は聞いた。
「そうよ。新幹線は五人一列やし、ホテルも普通のツインじゃないディズニー・ファミリールームやし、ランドの食事でもガツガツ食べて大変らしいよ。子供おると服とか以外にもなんぼでもかかるって」
キッザニアに並ぶ子供たちは、一通り皆小奇麗な服装をしているように思えた。きっと今日は年に数回しかない一大イベントの日なのだろう。
「うちらは子供がおらんから解らんな。この前の競馬場なんか大人二百円って考えたら格安エンターテインメントやな。どうりで子供連れが多かったわけやね」
「まあでも、いたらいたらできっと幸せなんやろうね」
「それはそうやな……」
僕は妻の言葉に曖昧に答えた。パスケースを首にかけた子供たちはみな高揚した笑顔で、順番にキッザニアのエスカレーターを上って行った。
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