第7話 ロリコン変態親父は逮捕してください
「その子の言う通りやで。平日の昼間に毎日犬の散歩って、どう考えても不審者やん! その子のお母さんもそりゃ警戒するって。私やったら即通報やね。犬をダシにして子供に近づこうとしているヤバいおっさんがいます。警戒してください。防災無線と地域の不審者メール、一斉に流してください。今すぐ逮捕してください。あの人絶対ロリコン変態親父ですって!」家に帰ると、妻は笑いながら一気に言った。
「どんだけ通報するねん。まあ君の想像も間違いじゃないけど……」僕はソファに座り、缶ビールを開けながら言った。
「あなたはねえ、運が良かっただけよきっと、多分これからも。要は二人とも同じ白い犬種の犬を連れて歩いとったわけでしょ。ほのぼの光景やん。犬友達って世代間交流無制限な感じするもんね、おじいさんと子供とか。その子小六やったらあなた、二十三歳差やろ。あー考えただけでも、犯罪の臭いがぷんぷんするわー!」
僕は缶ビールをグラスに注いだ。妻は何も言わずにそのグラスを持ち上げ、一口だけこっそりと口にした。僕はその様子を見ていたが何も言わなかった。
「それで僕は嘘の先生になることになったわけです……」
「内心嬉しいんちゃうの、久しぶりに呼ばれて。そのまま現役復帰してください。高校生に数学を教えてください。稼いできてください」
「それとこれはちょっと……」僕は上手な返事ができなかった。
「まあそれもやけど、その子天王寺さん。話からするとシングルマザーの母子家庭で、一人っ子ってことになるよね?」
「多分、そういうことやと思う」
「そうかー。そういうことかー。お母さんは思ったんよきっと。自分は仕事で忙しくて中々娘と一緒の時間を作ってあげられず、娘には寂しい思いをさせてしまっている。だからせめて家に帰って犬がいたら、少しは寂しさを和らげてあげられるだろうって、犬を飼い始めたのよ」
「なかなか勝手な想像やと思うけど。単に犬が好きな人はいくらでもおるで?」
「いや、私やったら絶対にそうするわ。もう人生のすべてを娘のためにささげて生きる母。けなげやわー」
妻に言われると案外そういうことかもしれないと思う。少なくとも僕も小学生の頃は、家に帰ると犬がいるのは嬉しかった。
妻はまたビールの入ったグラスを持ち、一口飲んだ後「やっぱり苦い」と言った。
「君の分も用意しようかい?」
「多すぎるから。あなたのを貰うぐらいがちょうどいいの」
「マンゴーがあるから、切ってくるけど?」
「お願いするわ」
僕はキッチンに戻り、冷蔵庫からマンゴーを取り出した。種を中心として左右に切り分けたマンゴーの果肉をさいの目に切り分け、妻の前に差し出した。
「マンゴー美味しいね。どないしたんこんなん?」
「スーパーで五百円のマンゴーがタイムセールで百円になっててん。そりゃ買わずにいられへんやん」
「圧倒的割引ねそれ」
「ありがたい割引です」
僕はビールを飲みながら、マンゴーを食べた。ビールに合うかと言われるとどうかと思ったが、甘さと苦さが心地よく交差していた。
「そういえば、あの子はいつもええ感じの服着とるわ……」
「ええ感じの服って、どんな感じ?」
「言うたら芦屋大丸とか阪急のガーデンズとかで売ってそうな感じやな」
「絶対そうやで。言うたら一点豪華主義ってやつよ。生活の他のところを切り詰めてでも、自分の娘にはええ服着せてあげてるんよ。けなげやわー。母の愛やわー」
「母の愛って。普通やろ。帽子はダイソーで買ったらしいし」
「せやけどあなた、あんまりその子にのめり込んだらあかんで……」ハイテンションだった妻が、唐突に真面目な様子で言い出した。
「のめり込むって。僕がロリコン変態になっていきそうやって言うんかい?」
「そっちちゃう。まああなたはロリコン変態にはならないと私は一応信じてるけど。要はその子はお父さんおらんのやろ? 犬友達してるうちに、その子あなたをお父さん代わりに思ってしまうかもしれないやん。でもあなたは絶対にその子のお父さんにはなれない訳。だから一定の距離感を持って接した方がええっていう話」
「ああそういうことね。了解です。むしろだからこその先生なんかもしれへんで」
「どういうこと?」
「あなたとは先生と生徒ぐらいの距離感でいましょうねっていう。あの子なりの宣言みたいなものなのかなって」
少し考えこんだ後、妻は言った。
「その子、ちょっと頭ええ子かもしれへんね」
妻の言葉はきっと正しいと僕は思った。
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