第5話 ビションはブリッツがしたい

 初めてあの女の子と出会って以来、夕方にルーシーの散歩に出かけると、ミーちゃんを連れたあの女の子に何度も出会うようになった。

「こんにちは。ミーちゃんおっきくなってきたね」

「この前お母さんと動物病院に健診行ってきた。ミーちゃん三キロちょっとやった」

「ルーシーは八キロやで」

「ミーちゃんもそんぐらいになるんかな?」

「いや分からへん。ビションの平均は五キロぐらいらしいから、ルーシー大きめやねん。同じ犬種でもやっぱり個性があるからね」


「ミーちゃんね、家の中でめっちゃ走り回る時あるねん」

「ルーシーも小さいときあったわ。それビション・ブリッツて言って幼少期に暴れまわるビションフリーゼの独特の習性らしいよ。大きくなったらしなくなるよ」

「ルーちゃんもうせえへんの?」

「ルーちゃんは家ではずっと寝てるわ。犬の三歳ってもうおっさんらしいで」

「三歳でおっさんって変や」

「そんな風には見えないんやけどね。でもたまにおっさんみたいなくしゃみする時あるよ『ブシュンッ』って」僕はルーシーの真似をしてみた。


出会うたびにミーちゃんは徐々に大きくなっており、毛量も伸びてきてビションカットに近づいていった。

「ミーちゃん、トリミング行ってきたね」

「この前初めて行ってきた。外でずっと見ててん」

「ずっとは長かったんちゃう?」多分短くとも三時間ぐらいはするはずだった。

「ずっと見てた」そういえば僕もルーシーの初めてのトリミングの時、そわそわして何度も覗きに行ったのを思い出した。


「ミーちゃん階段降りられるようになったの?」

「まだ無理みたい」

「もうちょっとやね。ルーシーもめっちゃ階段怖がってたけど、降りられるって気づいたらその日から全然怖がらなくなったよ」

「どうやったら気づいたん?」

「ルーシーは今ぐらい大きくなっても階段怖がってたんやけど、ある日ちょっとだけ階段の前で引っ張ってあげてん。ほな一歩降りたら『なんやこれ、めっちゃ簡単やん』って感じですぐに次々と降りてったわ」

「ほなもうちょっとしたら、それ試してみる」


「インスタはアップしてるの?」

「ミーちゃんの写真ばっかアップしてるから、インスタが犬の人ばっかになった」

犬の人というのは、愛犬をアップロードし続けている人のことだろう。

「見してもらってもええかな?」

「ええよ」と言い少女はスマホを取り出した。

「これミーちゃん」と言ったスマホの画面には、散歩中だろうミーちゃんの背中や、家のソファの上に座るミーちゃんの写真が並んでいた。

「これルーちゃん」そう言った一つの写真は、この前の散歩中に撮られたルーシーの姿だった。コメントには「散歩中おとなのビション発見!」と書かれていた。

「そんでこれが犬の人。みんなビション」スマホの画面にはビションフリーゼの写真が次々とスクロールしていった。

「この子はエレナ。んでこの子はパンチ。んでこの子達は確かフク、ラテ」

 スマホの画面には次々とビションフリーゼの写真が流れ、合間に自作の犬の餌の写真や、犬の走る動画や、犬関係の広告などが表示された。


「これがオフ会やって」

 見せられた写真には富士山を背景にした高原のような場所で、数十頭はいるビションフリーゼとその飼い主たちが写っていた。

「すごいねえこれ。これ行ってみたいね」

「私も行ってみたいねん」

 僕らの足元ではルーシーとミーちゃんがお互いの鼻の臭いを嗅ぎあったり、またルーシーがミーちゃんの尻の臭いをしきりと嗅ぎまわっていた。

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