第14話 肴を得て我を忘る(「居酒屋 新市街 葉さん」さんの邯鄲之夢)
休業要請という錦旗はいよいよ夜の街に引導を渡そうとする。
行きつけのバーも高張提灯ならぬ高張告知を掲げ、休業の志を説く。
やんぬるかな。
またいつかはと心細し。
それでも、テイクアウトという手法で未だ赤提灯は夜道を照らす。
この灯を消してはならないという思いは、静けさに合わせて増していく。
今日もまた、宴に移ろう。
しばし遠のいていた中華料理を前に、箸より先に心が惑う。
いつもは餃子とビールの中瓶か大瓶で一杯やり、河岸を変えることが多いためこうして並ばれると戸惑うのはままあることである。
こうしたときは、慌てず騒がずウィスキーソーダを口にする。
そして、真っ直ぐ春巻きに箸を伸ばす。
軽やかな食感に舌が躍り、ソーダの発泡感と合わさり爽快を与える。
入口に誤りはない。後は己が欲に従うだけだ。
匙を取り出し麻婆豆腐を口に運ぶ。
アルミホイルと普通のプラスチックパックで包まれた熱血は、次々と辛みを呼び込み口内で爆発を起こす。
しっかりとした痺れを与えながら、その中に嫌味は一つもない。
ただ、微かに発汗を感じていよいよ熱狂は身体をも突き動かそうとする。
ここで落ち着いて酢醤油をかけて焼餃子を口に入れる。
皮の持つ甘みが胸騒ぎを抑え、奥に潜む旨味をしっかりと堪能させる。
麻婆豆腐の辛みと餃子の旨味とウィスキーソーダの清涼がバミューダトライアングルとなり、我を失わしめる。
豪快に腕を奮い、大陸を喰らい尽くす一個の機械となる。
気付けばジョッキを三杯は空け、パックの中も虚ろとなる。
シメとして控えていた焼飯がいよいよ登場する。
パックを埋め尽くしつつも、個性を失わない米粒を匙ですくい、恍惚として口に運ぶ。
刹那、目の前のジョッキには発泡する黄金の液体が満たされていた。
夢かと疑うばかりの光景に、後は何もいらない。
静かに匙を進めながら、緩んだ頬をしきりに動かし空ける。
満ちに満ちた胃袋を労いつつ、ようさん食べたもんやなぁと独り言ち。
いよいよ深みを増す宵に、私は静かに手を合わせた。
【店舗情報】
「居酒屋 新市街 葉さん」
熊本県熊本市中央区新市街6-9
電話番号:096-285-9898
営業時間:月~日、祝日、祝前日: 11:30~翌0:00
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます