第12話 春の祭典(「グリル末松」さんの大地礼賛)

篭町通りに面したその店は洒落た雰囲気で通りを往く人々を魅了する。

日曜の昼下がりにその前を通ると、勝手に足がそちらへ向かおうとする。

それを押しとどめるのが他の盛り場の手招きであり、いつかは、と思い続けて早五年となった。

それがコロナ禍の今日、テイクアウトという形で叶うこととなった。


まず、時間帯限定のサラダとスープをあけ、ウィスキーソーダを空ける。

柑橘類を思わせるドレッシングにサラダは彩られ、そこにミネストローネの太陽が輝く。

慎重に運転した甲斐あって、一滴も零すことなく食すことができた。

その幸運に手を合わせると、楕円の容器にキーマカレーを広げた。

日替わりカレーを外してキーマカレーにした理由は、単純に挽肉の方が酒肴に適しているからである。

白飯との合間に潜む野菜のソテーが今か今かと私の舌を脅かそうと待ちわびる。

ひとたび匙を突き立てれば、後は勢いに任せて食べて飲むだけである。

香辛料の高い香りと刺激をソテーが受け止め、それを白米が調和させる。

渾然一体となって舌下に踊るその姿は穢れを知らぬ町娘のよう。

溌溂とした若々しい味わいに、気づけば皿は空いている。

名残惜しくルーをかき集めても事実は変わらない。

祭りの後の寂しさを思い出しつつ、それでも、もう一つの雄があったことを思い出す。


ここで「グリル末松特製デラックス弁当」が壇上に登場する。

ハンバーグとビーフピラフという両巨頭が揃う大祭で、肉の祝典というものがあればこのようなものを指すのであろうと感服させられる。

ひとまず、根菜のコンソメ煮で一息を吐き、ソースと肉汁の絡んだ飯で酒をやる。

普段、酒の場にこれほどの飯が並ぶことはまずないが、今日は祭の熱気にあてられてか、全てが異なってしまっている。


だが、それでいい。

だが、それがいい。


いつもと同じでは単純な晩酌に成り下がってしまう。

このような時世であればこそ自制せずに「独宴会どくえんかい」を成すべきであると自省する。

胸を張り、背を正し、顔を紅潮させ、礼儀正しく毎晩の逸品に対していく。


だからこそ、飯を先に肉を喰らうのも理に適っており、カレーを前菜にするという無謀も許される。

店の看板を背負う肉は少し冷えたといえども十分な旨味を湛えている。

脳髄を貫く一槍はなくとも、静かに蹂躙されていく凄味がある。

付け合わせのスペイン風オムレツで態勢を整え、ハンバーグに箸をつける。

これもまた冷めてなお威風堂々と肉汁を湛えており、酒を勧めようとする。


後は飲めや食えやの大宴会。

途中で牛筋のトマト煮という花が咲き、箸を止めるなと刺激する。

鉄板の上で踊った肉たちが、今度は掌の上で私を躍らせる。


それでも、いつかは至る終幕。

満員御礼となった胃袋としゃかりきに働く肝臓に感謝をしつつ、私は静かに手を合わせた。


【店舗情報】

「グリル末松」

860-0802 熊本市中央区中央街4-1ビジネスホテルシャトル1F

電話番号:096-312-2929

営業時間:11:30~15:00/17:00~23:00(日曜定休)

(現在のテイクアウト販売→11:30~20:00)

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