第10話 春の宵は一刻が千金に値す(「バードマン」さんの鶏鳴酒盗)

週末の晩には豊かな人の往来を見せる銀座通りも随分と歩きやすくなっていた。

それでもなお、飲食店は器量を尽くし私たちの舌を愉しませようと奮戦されている。

ならば、それで腹を満たしたくなるのが人情というもの。

ほくほく顔で折を抱え、駐車場へ向かう三十路男を見て、風呂屋の給仕はどう思ったのだろうか。

いずれにしても、泡沫の世に見る夢であることは確かだ。


ならば、その夢から覚ます者を食べてしまおう。

初手は鶏皮ポン酢と定め、大口を開けて迎え入れる。

家では湯引きした鶏皮を使うが、焼き鳥の店であるため香ばしく焼いてある。

夜明けを告げる声を臓腑に収め、夜の訪れを祝う。

肉巻きレタスがそこに加わり、屋内が宴の場となる。


ここで奇策である大根の唐揚げが登場する。

弁当に鶏の唐揚げもついていたのであるが、この字面を認めた瞬間には罠にかかっていた。

軽快な衣の中に淡白な味が隠れていると思いきや、一切れで口内が旨味の海となる。

丁寧に煮込まれた大根は食べ慣れた鶏の役どころを奪い、たちどころに主役に躍り出る。

大根役者という言葉があるが、もしかしたら、どのような役をも演じ切る大芸人への尊称に用いるべきではないか。

この秘術に一杯、いや、二杯食わされた私はたまらず主催の弁当に逃げ込んだ。


ただ、ここに待ち構えたのは鶏の唐揚げ。

前門の鶏、後門の大根とでも言うべき状況であるが、やはり、鶏の唐揚げは王道である。

逃げ場などない状況に、酒を呷り、気を引き締めて突撃する。

そして、その先の卵焼きで息をつき、鯖の煮つけに箸を立てる。

居酒屋の王者たる鯖がここまで登場していなかったのは迂闊であったが、君臨する姿はやはり美しい。

弁当箱の中で一際輝きを放ち、一人の晩酌に彩を与える。

野に里にと広がる景色は海を以て初めて完成する。

この大地に生まれた喜びは骨の間をせせる度に増していく。

そして、皮目も残さず平らげて酒を飲み、飯を平らげる。


後は春眠を残すばかり。

願わくは心を癒す暁の忘却を、と枕に頼み床に就いた。


【店舗情報】

「バードマン」

〒860-0807 熊本市中央区下通1-9-8 エクストールイン熊本銀座通り1F

電話番号:096-354-2911

営業時間:17:00 〜 翌1:00

(4/14~4/21はテイクアウト販売のみ→11:30~20:00)

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