第9話 まず初めに旨味ありき(「旬菜 菜々つ星」さんの三位一体)

そこがテイクアウトを始めていたのは早々と知っていた。

熊本が誇る百貨店「鶴屋」のパーキングの近くに位置しており、早晩に店先で何かを並べているのは目についていたのだ。

ただ、見初めて後、なかなか時間が合わないためかその姿を拝めず、悶々とした日々を過ごしていた。

それが今宵、念願かなって鉢合わせ。

嬉々として指差し選び、お勘定。

帰りの車は安全速度ながらも、心は既にトップギアであった。


居並ぶのはいずれもシンプルな品々。

しかし、シンプルというのは浅いということではない。

六日で世界が作られたのである。

飲みの空間は三品でも無限の深みを齎すことに疑う余地などない。

手始めに出汁巻き玉子を一切れ放り、奥歯八本で噛み締めれば、鰹の香りが僅かに通る。

そこに、大根おろしが追い打ちをかけ、味蕾は未知の甘みで満たされる。

塩味だけが酒の友ではない。

だからこそ、大根おろしに醤油しょうゆを垂らし、ひしおの旨味と香りを加える。

刺身は醤油の旨味でその旨味を指数関数的に引き上げる。

その勢いは昇り竜の如く、また、出汁巻きもその例に漏れない。

ウィスキーソーダはその合間に二杯消えた。


続いて赤鶏の唐揚げはその名前が既に酒を勧める。

そして、味はその侵攻をとどめない。

仁王立ちとなった理性を奪いかねない歯ごたえは弛まず人の歯を喜ばせる。

単純に噛めばよいというものではない。

そこに在る一口一口にその一羽の人生が凝縮され、それが孤高の旨味となって心を研ぎ澄まさせる。

付け合わせのキャベツで心を落ち着かせようにも、気づけばフレンチドレッシングの虜となっている。

もはや止まらない。


終着の地は肥後の国は阿蘇に在るのかもしれない。

高菜飯の万緑は初夏の隣に在ることを示し、再びウィスキーソーダを進ませようとする。

それを不屈の意志で半分平らげると、徐に立ち上がる自分の影を認める。

胡麻は反則だ。

薫香を伴にしてジョッキにウィスキーを注ぎ、炭酸で満たす。

後に言葉はない。


一気に食し、一気に伏す。

ただ、後には新たな世界を遺し、私の夢は朧となった。


【店舗情報】

「旬菜 菜々つ星」

〒860-0802 熊本市中央区中央街2-26 A FIELD 1F

電話番号:

営業時間:17:00~翌0:00(日曜定休)

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