第14話(3-2) 一周するお父さん
私(わたくし)、サイドカーに収まって、夜の海岸を想い人と一緒に走っておりました。
ヘルメットから少し銀髪を覗かせて、想い人……元学校の備品ですけれど……の顔を見ると、幸せ、というものを感じてしまいます。
このまま、ずっと走れたら……
彼は私の視線を感じたのか、少し微笑んでくれました。
「懐かしい感じだね」
「何がですか!」
私は大きな声を出すと語尾が揺れるのですが、彼はただ声を大きくすることができます。人間と違う、というところなのですが、私はそれが、とても好ましく思えました。声を荒らげるなんて、似合わないと思いますの。
「昔、昔、大昔……」
低くて渋くて良いお声が、私の耳をうちます。その横顔はとても人間的というか、そこが好きになったと申しましょうか、人間なのですけれど同時に信じられないくらい沢山の時間と経験を積んでいるように見えました。
「まあ、色々あったのさ」
「え、それだけ、ですか……?」
「これから未来に生きようって時に昔話なんて聞いても仕方ないだろう」
「あります、あります。私、ものすごく聞きたいです。昔の生徒さんたちの話とか、ですよね」
彼は少しだけ優しく微笑みました。
「そっちは一〇〇年分くらいしかないな」
「……その前も、あったのでしょうか」
吹き出すような笑顔も素敵です。がんばってもっとみたいと思いました。
「あったあった。一〇〇〇年くらいはあったさ」
「そんなに?」
「ああ」
彼は月の光に輝く海に横顔を照らしていました。
「約束を果たせなかったこともある。失敗は数え切れない。いくつもの出会いと別れがあった」
彼は、傷ついておられるのかしら。それとも、それを誇っておられるのかしら。
「どうだろうね」
「私の心が読めるのですか?」
「経験というやつさ。さ、着いたよ」
着いた先は私が通っていた学校でございました。一周して戻ってきたようでした。
「が、学校ですか」
「あと一時間くらいで卒業式だ。いっておいで。せっかく、三年も通ったんだ」
そう言えば卒業証書くらいは貰っておくべきでした。私は自分の考えなしに恥ずかしい思いをしたあと、彼の優しい瞳を見ました。
落ち着いた、なぜか優しさを感じる精巧なカメラが私を見ています。
「戻ってきたら、居なくなっていることなんかないですよね……?」
そう尋ねたら、彼は微笑みました。
「大丈夫。ここで居なくなったら、君は悲しむだろうからね」
「はいっ。すごく、すごく傷つきます」
彼は仕方ないなあという様子で微笑みました。私は急いで、そして慌てて掃除用具を寮に戻して、卒業式に出ました。
戻ったときには彼は既に学校前から姿を消しており、私は卒業証書を取り落としそうになりました。
目の前に大きな花束を差し出されるまでは、本当に泣くかと思っていたのです。いえ、ちょっと泣きました。ええ、泣きました。
「すまない。花屋が混雑していてね」
彼はそんな風に言ったのです。その声で三回くらい妊娠するかと思いました。
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