第13話(7-2) 一人のお父さん


 波が、水面が複雑に輝いて揺らめいている。

 少女の身体は今まで良く動いていたというしかない状態であった。何をどうやって生きていたのか、随分長く生きていた男にも、想像できないでいる。

 分かるのは一つ、彼女が頑張ったということだった。

「俺は……褒めていいのかい?」

 そう尋ねてみた。返事はなかったが、そう尋ねずにはいられなかった。


 光輝く海の側、砂浜で少女だったものの遺体を抱え、髪を逆立てた男が一人海を眺めている。

 目覚めたのは久しぶりだが、水面に降り注ぐ光は何百年も前と寸分違わず、あの昔が今と地続きにずっと続いていた事が、感覚として理解できた。

 だけど、だからなんだ。

 男は少女だったものを大事に抱えた。満足そうなその顔を眺めて、微笑んだ。

「俺は何故、再び目覚めてしまったんだろうな……」

 遺体に話しかけても何の返事もない。男はそれでも、問い続けた。

「教えてくれ。ここには俺が守るべき娘だっていないじゃないか……」

 最後に聞いた言葉が処理装置の中で再生される。

(最後に何か、残したかったの。どんなものでもいいから。それが……心優しいひとで良かった)

「俺が何か、知ってたのかい。お嬢さん……」

 ブラスターが手の中で生成されている。捨ててもなくしても、何度でも手の中で蘇る、破壊の力。

 海と空の間にある空間に向けて叫んで、男は一人、自らの永遠を呪った。

 抱きかかえた遺体の腕が重力に負けて垂れ下がり、男は一人慟哭する。

 沢山の過去を思い出し、沢山の同型を思い、そうして男は顔を伏せた。

 よるべはもはやなにもなく、自分を知るものも絶えて久しい。

 男は泣かなかった。少女の身体に涙が落ちるのをよしとしなかったし、最初から泣くこともできなかったから。


「ひぃ、悪魔、悪魔ぁ!」

 散歩か何かでやってきた老婦人がこちらを見て叫んでいる。

 男は顔を上げて微笑むと、ああ、そうだがなにかと言った。

 それが吹っ切れるきっかけだった。

 男は遺体を海に向けて丁重に横たえると、一人歩いて行った。例え自分が悪魔だろうと兵器だろうと心優しいひとで良かったと言われたからには、その証を立てねばならぬと思ったのだった。


 歩いて行く男の逆立つ髪が、少しだけ風に揺れた。



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