第12話(5-2) 地下のお父さん

 2006年。この星の人間なら誰でも知っている植民の年、この星で発見された地下の無数の水路。今はもう、私たちの祖先と言ってもいいか分からない人たちは、これを下水路に使用した。

 それから500年くらい、その下水道は一つの王国になっていた。比喩でもなんでもなく、そうなっていた。

 掘り広げられ、街ができている。多数のアンドロイドたちが家を作り、公共施設を作り、あちこちには灯りがあった。人通りもかなりある。狭い分、地上より喧噪と活気があるようにすら思えた。

「トイレから流された先がここ……なんてね」

 おっさんの袖を握りながらそう言ったら、おっさんは苦笑した。

「ここに来る途中、有害ガスのたまり場があって、生ものはこれない」

「そう。顔修理したいんだけど」

「分かった。こっちだ」

 表皮が破壊された私の顔は、この街で歩く分には都合が良かった。誰もが新入りだと簡単に認めてくれた。

 ”皮医者”という人のところに行って、顔を修理して貰う。私は前より可愛い顔にしてもらった。前のは口の端の形がちょっと気にくわなかったからいい感じ。

「いいじゃん」

 鏡を見て私は笑った。これから先のことは何も考えてないけれど、とりあえずはいい感じ。

 私が修理されている間、待っていたおっさんが顔を上げた。

「どう、この顔、よくない?」

「次は金出さないぞ」

「壊さないでよ」

「ありゃ修理のつもりだった。ま、修理を拒否してこれが個性と言い出した時点で、お前もポンコツの仲間入りだ。ようこそポンコツランドへ。ここは正常と異常が分からなくなったアンドロイドたちの国だ」

 私はまだ、心のどこかが人間だったからその言葉に素直に反応できなかった。

 でも、笑って見せた。一人じゃないって事はとてもいい。

「12で金稼ぐことになっちゃった。どっか稼ぐところない?」

「まあ、植え付けられた記憶じゃそうなんだろうな。ここじゃ売春ではとても稼げない。アンドロイドしかいないからな。まあ、そういう人間ぽいことが好きな奴もいなかないが……」

「お嫁さんとかどう? 専業主婦とか。私結構憧れてるんだけど」

「地上でも歴史的存在だぞ、それ、そうだなまあ。人間と変わらない姿なんだから地上で買い物をしてこっちで売りさばくのがいいんじゃないか」

「元手がいるわね。おっさん貸して。さもなきゃ雇って」

 おっさんは微妙な顔をしながら私を連れて医者のところ出た。外の大通りでは集会が行われている。

「あれなに?」

「敵を作らないと生きていけない連中だ」

 おっさんは興味なさそう。地下に入って初めてで、なんにでも興味がある私は、耳を澄ました。

 片腕が極端に長い、人間というか人間型やめちゃってるアンドロイドが吠えている。

”人間に従うのはいい。それはまだ分かる。だが、今地上にいる連中は人間じゃない! 遺伝子や構造は人間と同じだろうと、連中は積層立体プリンターで印刷された我々と同じ機械から生まれた生ものの機械だ!”

 そうだ、そうだという声が聞こえる。え、大昔みたいに人間が人間生むなんて野生動物ぽくて嫌じゃない? と思ったけど、彼らはそれ以外を人間と認めないらしい。

「はー。なんかこう、ばっかみたいだね。あいつら」

 小さい声でおっさんにそう言ったら、集会やってたアンドロイドたちが、私のほうを睨んで、あまつさえ追いかけ始めた。武器を持っている。流石アンドロイド、耳がいい。

 おっさんがクソでっかいため息をついている。私を抱き上げた。

「ほんと口の悪い娘だな。親に続いて仲間まで敵に回すかよ」

「思ったこと言っただけでしょ」

「そういうのをポンコツというんだ」

 おっさんは私を担いでさっき入ってきた道を通って王国から外に出た。こっからどうなるか、私には分からなかった。



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