第10話(2-2)ブラスターお父さん

 夜明けとともに闇の軍勢一万騎が動き出した。陽光を吸収して魔力に転換する仕組みらしい。見上げるほどの巨大なゴーレムたちが、この北壁の城塞を打ち破りに動き出す。

 この城壁を越えられたら、もはや大陸に生物たちの住むところない。


「闇の軍団ねえ」

 少年は 城壁から身を乗り出してつまらなさそうに言った。


 夜明けの、風が吹いた。その風を掴まえるために鳥が羽を広げている、上空に上がって行った。

 少年の前髪が揺れている。微笑んでいる。


 私にだって、娘の頃はあった。

 よりにもよって、今日、今そのことを思い出すことになろうとは。

 少年はほるすたーからぶらすたーを取り出すと、器用にくるくると回した。まるで身体の一部のようにその手におさまっている。

 同時にくたびれた帽子を取り出して被った。私の思い出の中から取り出したような、仕草だった。


「征くぞ。マルセール」

 ひどく小さな声なのに、私の耳にははっきり届いた。

 教えてない私の本当の名前を告げて、少年はぶらすたーを引鉄を引いた。

 見えない線に切断されたようにゴーレムたちが周辺の岩山とともに崩れ落ちて行く。

 ドラゴンすら一撃で即死させる、相変わらずのでたらめな威力だった。

 ゴーレムたちが敵の存在に気付いて一斉に投石を開始した。空が暗くなるほどの数だった。

 それを、見えない線が全て打ち落とした。ぶらすたーの、ぱるすばらーじだった。

 城壁に居並ぶ各種族の戦士たちや魔法使いたちが呆然としている。

 空に太陽がもう一つ現れたようなまぶしさの中で、少年は軽い足取りで城壁から飛び降りた。

 私も身を投げる。空中で術式を展開して空中浮揚と速度低下を同時に行った。

 相当高度なことをやってのけたのに、少年は何も気にした様子がない。

 そこは、褒めろ! 全力で! 褒めろ!

 ぶらすたーが再度撃たれた。視界に映る全てのゴーレムたちが頭部を吹き飛ばされて瞬時に動作を停止させた。

 少年は高熱で煙をあげるぶらすたーを私に見せた。

「マルセール、ブラスターの冷却だ。今ならできるな?」

「め、命令するな! だいたい今の今までどこをほっつき歩いてたんだ!」

 私は極冷の呪文を放った。普通の冷気系呪文では射撃直後のぶらすたーを冷やすには力が足りない。導師クラスでないとまったく無理だ。

 それを少年は当然だという顔で受けながら、あまつさえ私を非難するような顔で見た。

「あのな、可愛い娘のために俺は一秒だって無駄にしてなかったんだからな」

「じゃあなんで若返ってる! おかしいだろ! なにもかも!」

「これは他にボディがなかったからでな。いや、まあいいから」

「良くない。何もよくない。どこまででたらめなんだ。私の見た目より若くなるなんてもう全然全部おかしいだろ!」

「おっさんなんて大嫌いといってたろう」

「一〇〇年以上前の話を持ち出すな!」

 だいたい、駄々をこねて無理難題を言う私の言葉をずっと覚えてるなばか。

 気付けばぶらすたーが再び発射されていた。ゴーレムは全滅している。

「こいつはどこをどう見ても侵略行為だ。星団連邦法違反だな」

「話をごまかすな! 早く戻れ、私は私より年下を父と呼ぶ気はないからな!」

「お前、一度でも俺のことを父とか呼んでたっけ」

 少年は真顔で私に言った。私は横を向いた。

「こ、心の中では呼んでた」

「へえ。いつから?」

 私の一番嫌いな父の表情、へらへら笑う顔で少年はそう言った。私は我慢できずにその頬をひっぱり、押し込み、やっぱりこいつは何一つ変わってないと思い知った。



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