第9話 (4-2)二つのお父さん

 控えめなノックの音がする。僕は猫が警戒しないように抱っこして頭を撫でながら、ドアを開けた。猫は警戒して僕の肩にしがみついている。今はもう猫の毛皮の暖かさも分からないが、気分はよかった。

「よう」

 革のジャンパーを着た彼は、どうかするとだらしなく見える笑みを見せると部屋に入ってきた。周囲を見回している。

「殺風景な部屋だな」

「そうかもしれないね。何か、あったのかい?」

 彼はまた皮肉そうに笑うと椅子の上に輿を落とした。脚を組んで少し顔を傾ける。

「何かあったかといえば、そうだな。依頼通り接触した。可愛いお嬢さんだ。二七歳、だったか」

「ああ、僕が四〇歳の時の子供だからね」

 猫が逃げていってしまった。拾ってから随分と経つのだが、いまだに僕以外の人は苦手なようだ。

 僕はカタカタと首を動かし、ゥィィと彼を見た。

「話の続きは?」

「随分とこう、可愛い娘さんすぎてな。あんたが会いに行った方がいいんじゃないか?」

「それは、護衛をするのに何か問題がある、ということかい?」

「額面通りの話だ。守るのは守るさ。仕事だからな。だが……」

「嘘は苦手かい?」

「相手による。実父なんだろ、行ってやれよ」

 僕は自分の手を見た。カタカタ音がしている。

「こんな機械の身体になると、もう、どんな態度をすればいいのか分からなくなるんだ。その点君は違う。君は生身だ」

「オーダーは機械だぜ、雇い主さんよ」

「君は本能で愛し方が分かる。僕にはそれができない。記憶も精神構造も綺麗に僕の製品にコピーしたつもりだけど、それだけじゃ駄目だったんだ」

「俺にゃ、やらない言い訳に聞こえる」

「僕はそう感じる感性もない。僕が分かるのは、娘を守ってやってくれ、金に糸目をつけない。それだけだ。僕の身体では必要時に人間を害せない」

 彼は渋い顔をして髪をかきむしった後、ため息をついた。

「なんであの娘が狙われるんだ」

「僕の娘だから」

「アンドロイド製造を一手に引き受ける会社のオーナーだからか」

「一部の人は、アンドロイドを命を延長する技術になりうると気付いている。足りない要素技術は脳と記憶の転写システム。ただそれだけだ」

「それをあんたが持っていると、気付いているヤツがいるんだな」

「娘を守ってくれ。そのために最高のエージェントを雇ったんだ」

 猫が僕の脚に巻き付くようにくっついている。

 彼はため息をつくと、まあ、やるんだがねと呟いた。


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